引っ越した部屋、幾度目かの夕食。
この部屋に引っ越してきてから、手料理が増えた。
買ってきた惣菜+簡単な手料理という感じで献立を考える。
帰ってくる時間が今日は30分しか違わなかったから、
大急ぎで夕飯の準備をした。
帰ってきて、タバコを吸いながら酒を飲む。
それから、用意されたものをテレビを見ながら口に運ぶ。
普通の家庭の夕食の風景に、互いに不思議な感じがすると笑った。
「まさか、ここに住むことになろうとは、ね」
食事の後。ゆっくりと酒を傾けながら窓の外を見やる。
真向かいに見えるラーメン屋さんに目をやって、銀朱様は苦笑した。
「あいつといた頃、この辺で探していた。こんな部屋を」
あいつ。
それは彼の人生の中で、最も愛した人で。
彼を裏切って、彼に執着しながらも、その人生を終えた人。
正の向こう側で、そっと銀朱様を見守る存在になったもの。
私が、酒豪の女神様と呼んでいる、人だったもの。
「・・他の2つの部屋は、多分、片方は、自殺者が過去出ている部屋で。
もう片方は立地も風水的にも悪いところでしたから、選びませんでしたが・・。
この部屋は、貴方の後ろの方が心地よさそうなので、ここにしました」
本来、私が内覧をしたいと願ったのは別の部屋だった。
だが、土日はその部屋は管理者がおらず、内覧できなかったのだ。
仕方がなく、不動産屋さんに別の部屋を案内してもらった。
それが、この部屋だった。
まるで、導かれるようにして、出会ったこの部屋。
お風呂が狭いのが唯一の不満点だけど、
ここにしたのは、彼女が笑っていたから。
「最近、よく、感じるんだ」
声が震えていた。
僅かに、涙の気配がしたから、伸ばした右手で彼の目元を隠した。
暖かい感覚が私の手を濡らす。
銀朱様は、泣いていた。
「会いたい・・・」
その言葉には、絞るような想いが含まれていた。
本当に、愛しかったのだと思う。
誰より、何より。
泣いてもいいよ。
忘れなくてもいいよ。
その涙をあなたは無駄だと言うかもしれないけれど、
それでも零れてしまうものなら、受け止めさせてほしい。
それ位しかできないし、それができる今を私はうれしく思う。
口には出さないけれど、そういう思いで。
目元をそっと隠した。
涙はとても、暖かかった。
私は・・彼女に嫉妬はない。
ただ、2人を見ていると生と死という絶対的なルールを思い知る。
そう、通常はこれを超えることはできないし、
私にだって、一時的にしか越えられない。
・・・多少、話ができたところで、二度と抱きしめてもらうことができない。
それも、知ってる。
不意に、私の右目だけから、涙が流れた。
左目はなんら、泣いていないのに。
いくつも零れて、膝に落ちた。
多分、女神様の想いを拾ったのだろう。
否定するでもなく、追い出すでもなく、止まるまでそのままでいた。
ただ、そのまま。