「もう・・いいよ」
何か言おうとしているのを制するわけでもなく。
疲れたから止めさせようという訳でもなく。
もういいよと本当に想った。
「私達が抱いた気持ちは。
そう、貴方が言うように、出会うために必要だったもので。
もう、手放してもいいものなんだ。
・・・貴方だって、知ってる。
あの人がいつか弱くなっても。どこへも、私達は行けないこと」
私がそう、静かに告げると。
小さな女の子は、クマのぬいぐるみを強く抱きしめて。
・・・目を閉じた。
「強い人を、お母さんと同じくらい大事に想うなんて、予測してなかった」
「誤算だったね、それは。
・・・私達にとって、強い人は道具ってどこかで想ってた節もあったのにな」
「でも、彼も、お母さんも。私が強くなかったら愛されない、必要としてもらえない」
「本当に、そうか?
彼と一緒にいるには、賢くなければならない。それは確かだと想う。
でも、それは。
・・賢くあろう。自分を磨こう。精一杯やろう。その姿勢だと想う。
現に、今よりもずっと愚かだった頃も、変わらず愛してくれただろう?」
「それに・・」と一度言葉を区切って、足を進める。
多分、私が欲しかったのは、この手だから。
ウェーブがかった甘栗色の髪を、わしゃわしゃっと撫ぜた。
いつか・・・母は私に言った。
もう少し、抱きしめたり、頭を撫ぜてやればよかった。
だから、きっと、甘えるのが下手なんだと。
・・そう思う、自分でも。
でも、完璧な教育なんてどこにもないから。
人は自分の弱みを克服していく機会が与えられる。
「・・お母さんは、私達が弱かった頃から愛してくれた。
自分を犠牲にしてまで、たくさん、愛してくれた。
・・・強い人と一緒に行って、お母さんを幸せにしなくたっていいんだよ。
今、幸せな私達を、彼女は幸せそうに見てくれる。・・・十二分だろう。
別に、自分を犠牲にしなければ、誰かを幸せにできないわけじゃない。
誰かを犠牲にしなければ、自分が幸せになれないわけじゃない。
両方、叶えられる。精一杯を続けた・・・未来の私なら。
今、精一杯、成長しているだろう?」
「・・・・・楽観的過ぎるわ。それ」
泣きそうな顔で、そう、私の恋のサブパーソナリティは私を見上げた。
「子供のお前に言われたくはない」
ワシャワシャと笑いながら、いっぱい撫ぜてやる。
豪快に。
笑いながら、彼女は泣いていた。
「私には力がないから。
愛されなきゃ、力がないままだって想ってた。
誰かの力の上に乗るには、賢く利用しなきゃって思ってた。
そうでなければ、私がお母さんを幸せにはできないって想ってた。
お母さんが幸せなら、あとはいらない。お母さんが誉めてくれるなら。
お母さんが幸せになったら、きっと誉めてくれる」
「・・・ずっと、精一杯やったねって、こう、誉めてくれる手が欲しかったんだよな。
その向こうに、私を精一杯護ってくれたお母さんの幸せがあるなら、
何の問題もないよな。
・・・大体。私達が笑っていなければ、彼女は笑ってはくれない」
そうだろう?と問い掛ける。
ちょっとひねくれた私の恋のサブパーソナリティは、小さく頷いただけだったけれど。
言うこと聞いてあげると、嬉しそうに笑った。
「最後に、聞きたいことがある」
帰り際。
私はひとつのことを尋ねた。
その問いはあえて伏せるけれど、彼女は、こう、答えた。
「・・・私は強くて、優れてる。
そう、確かめたかっただけ。もう・・しないわ。
だって、空洞があくだけだもん・・」
「そうか」
ありがとうと礼を言い、意識を覚醒の方向に導く。
最後の問い。返ってきた答え。
随分と残酷な答えだなと思いながら、目を覚ました。
心の深淵。
深い闇。
・・・・どろどろした部分。
目を背けて生きていくことはできるけれど、
それを選べばきっと、
いつか私は私のことを嫌いになるだろう。
そう思う。
成長できなくなったら、私にとっては終わりだ。
掌の上。
そこに乗るものはやはり、限りがあって。
無限には乗らない。どんな偉人でも、限界はある。
もし、ないのであれば、世界は平和だろう。
ただ、凡人な私には、まだ、掌を広げていくことは可能で。
そのために、知るべきだったことなのだろうと想う。
私のサブパーソナリティが教えてくれたこと。
・・ゆっくりと噛み砕いて、自らの血肉にしていこうと想う。
これから、成長をしていくために。
納得できる人生を歩むために。