―明けましておめでとうございます。
今年も精進して参りたいと思っております。
はい、それよりもあなたが先にすることはまず与えられた機会を欠缺することなくやり遂げるということです。
人にはその時にせねばならないことがあるもの。
その時にそのことを行わないと機会をみすみす失うことになってしまう。
それでは今までのそなたの成してきた無数の積算がなくなってしまうことになりかねない。それでは余りに愚かだということになりますよ。
―はい。すべきことをする。それは自分で分かっていることですしね。
はい。あなたに何度も口出ししていることになりますが、人には定めというものがあり、絶妙な機会がありそこで発揮すべき未来の糧(エナジー)の宝玉が無数に積もり重なっていくものであるからです。
人はその者の歩みを通じて行いを成し、沈みゆく春がこようとも、失いかけた春先があろうと成すべきことを淡々と粛々とすることにより、過酷な暗闇(苦難)をも吹き飛ばすシナジーが生まれるということ。
これは、成すべきこと成さざれば沈みゆく冬場待つに等しい
といわれるものです。
人は、各々に機会を平等に与えられしむのであるから、それを活かす。
活かすことによりその者、大きく羽ばたくなりて決して自堕落に陥ることなきよう努め給え。
―わかりました。やるべきことやる。とてもシンプルなことですね。
そうですね。
分かっていても出来ないと云う者が多いけども、それはいたずらに難しく考えすぎているといえるかもしれません。
―さて、元旦ということで皆さんにお伝えするメッセージを。
静かに浮かぶ水面をみるに
浮かびし小船が一艘あったとさ
傍で釣りを楽しむ者あり
かの者船を漕ぐ船頭を見るに
またも汗水垂らし、ようやるわ
と、蔑むように口ずさんだ
かの者いつも釣りへ此処に参り来ては
働く者達を見て笑う毎日
いつしかその者見かねて
船の客員がこう述べた
笑ろうてばかり かくのごとくのけ者に(私たちを)しているが
あの者いつもただただ釣り糸垂らすだけ(ではないか)
あの者云うだけで何を人様にしているのだろうか
わたくしそれを見て大いにほくそえんだ。
人間、働く者あり、夢見心地のままある者あり
悲しむ者あり、嘆く者あり、嬉々と跳ねる者あり
まさに千差万別、有象無象とはかくのごとし
それ故人は互いに比較しそれぞれに罵り合うか喜び合うか
かの者のごとくただただ船見て笑う者もあれば
釣り人見て笑う者もあった
人は誰彼と自身とを比べては、ああだこうだと比較論をする
そうではなくて
あなたがやりたいことをし
やりたいから行動するもの
人のせいでもなければ、人のためでもなく
ただただしたいがゆえに、行動する
それが世のため人のためになれば
こんなによいことはないが
そのように上手に生きること叶わぬことあっても
それはそれでよいではないか
人のため世のためみんなのためと
余計に重石を乗せていたずらに苦しむ時も
あの人がこうでこの人がどうで、と
振り向いてもらえず、努力報われずむくれることもあるさ
人は人。己は己。
そのように突き放す冷たい様相も
時に温かな思いやりがあればそれでよいではないか
人知れず励む陰の努力があって
人の目に触れる華麗な励みもあって
どちらも努力に違わないではないか。
人を見て己を見て。
どちらもあってそれで正解。
どっちか一つといわないで、どちらの良いものも取り入れて
図々しくも健気にあってよいではないか
見よう見まねで人の仕草盗作しては
自身の創作かのごとく人にさし示し振舞うことも
結果己の糧となり、身になればよいというもの
人知れず悲しむ嘆かわしくも孤独な振る舞いも
人に慰めてもらうことよりも
ずっとその者の心の礎として身になることも多し
人と比べることなかれ
比べることなく、自身、在るように在れ
なるようになる。
結果、全員幸せになれば、それに越すことはない
やりたいようにやり、成すようになさい。
結果、人のため世のためになれば、大層立派なこと
分かることも分からされることも同じこと
早くに気づいた者、遅くに気づくものあっても
それらは同じ。気づいたことに価値がある。
遅いに早いと気にすることなかれ。
気づいたこと、そのことの実質に意義がある
かのこと忘れることなく
少々の努め参れば、いずれ春の音が響きわたり
やってて良かったと思うだろう
やらねば得られぬこの糧を
やったものが手に入れて
また新しく(自分がたどってきた道を行く者が)向かう者来た時に
そっと優しく手を振って
行く末見守る朗らかに
与えし与えられし希望の欠片を握りしめて
今日という日を迎えてゆく。
明日があれば咲く花(幸)あり。
今日なくば咲かずにある花もあり。
どちらが得でどちらが不幸かなど
誰もわかるものではない。
咲く意思があるから咲くのであって
咲くのを見ているだけでは、自らが咲くことはできない
咲きたいという意思があるからこそ
咲くために必要な養分や相手を見出せるもの
結果、咲いたそれをみて人は
咲きたいから咲いたのだと思うもの
咲いた花それ自体の(それまでの)想いなど到底知る由もない
けれどもその花は、それで文句は言うことはなく
咲くがままに咲いている
咲きたいから咲いているのである
それは
咲きたいという希望の意思から生まれた光(創造)そのものなのだった