難しいことですが自分に課していることのひとつに
「誰にでもフェア(平等)であること」という目標があります。
ずいぶん昔なのですが、たしか中学生のときに読んだ
アグネスチャンさんの「みんな地球に生きるひと」という本を読んだのが
ひとつのきっかけであったように思います。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/50/7/5001290.html
ハンディキャップを持って生まれた人、
肌の色の違う人、
異なる宗教、文化を持つ人、
どんな人にでも誠実でフェアでありたいと思っていますし
誰もがそうでなければならない、とも信じています。
ですのでお客様からのお尋ねの中でまれに
弱い立場の方に対して偏った見方を持つ発言や
差別用語があると、とても悲しい気持ちになります。
そして誤解を恐れずに申し上げますと
そのような方はなかなかお幸せへの道が遠いように思います。
逆に「よくできたお嬢様…」とこちらが勉強になるような方というのは
やはりお幸せにすごされるので、神様はみていらっしゃるのだと実感します。
毎年5月に参加するイベントがありまして、
先日もそれに行って参りました。
とある施設で暮らす子供たちを一泊の旅行にお連れするイベントで
実はそのイベントの主催者は私の実父です。
もう長年そのイベントを個人的にやっており、
この点だけは無条件に父を尊敬しております。
(ほかにはいろいろ文句があるのですけれど…)
そして数年前から私もスタッフとして実際の運営と費用を少しですが
負担させていただいてきました。
このチャリティに対する父の姿勢はとても自然なんですね。
お財布に余裕があるときは結構豪華な旅行になりますし、
厳しいときは自然に触れ合う系、つまり節約系の旅行でして
無理せずやっているようです。
そしてどうやら父自身もこのイベントが毎年楽しみのようで
その旅行中、夜、部屋で私と二人になるとこっそり
「**さん(施設の職員の方)は
子供たちに鬼の**って呼ばれてるらしいぞ、ハハハ」とか
「**ちゃんは**くんに惚れとるな、ありゃあ」などなど
近所のオジサン丸出しです。
もう高齢になってきましたのでこの行事がいつまでできるかわかりませんが
その後は私が引き継ごうと思っています。
費用の問題から、1泊じゃなくて日帰りになる公算大ですけども。。。
施設の方がおっしゃるには、子供たちは心無い大人の偏見や差別に
傷つくことが多いのだそうです。
それがきっかけになって道を誤り、日陰の人生を歩む子もいます。
反面、厳しい環境にもかかわらず学業を終えて、
今も施設の運営に協力してくださる方も多いそうです。
罪のない誰かを見下したり、差別しながら
同時に自分の幸せを願っても、その幸せは叶わないような気がします。
みんな地球に生きる人が幸せでありますように、
そしてその一人としての私も**が叶いますように、と
祈るほうが神様に届きやすいような気がしますが、いかがでしょうか?
ちなみに父がこの行事を始めたきっかけは、
ある方の善意で自分の事業が危機を免れたことに対する
感謝の気持ちからなのだそうです。