すみません・・・
今日はお話はお休みします・・・
楽しみにしていただいた方々には申し訳ございませんが、お許しください。
今日は
「言問橋」についてお話を少しさせてください。
今日も東京大空襲のTVをやってました。
明日も後編を放送するそうです。
先日も描きましたが、私は5日に両国あたりに用事があり、何故か・・・勝手に意識が合ってしまったように、
川を見て「ここにも死体がたくさん浮いたんだよな・・・と考え、
両国国技館を見ては写真を何故か撮り・・・知人にはその日、私がそこに行き、「こう思ったんだ」と伝えていたぐらいです。
そうしたら今年は 物凄く大空襲の番組がやっているではありませんか・・・
「何か呼ばれたな・・・」と考えてしまいました。
「もっとたくさんの人に戦争の犠牲者の事を伝えて・・・」と頼まれた気がして、こんな事ぐらいしか出来ないけど、このブログの中で書かせて頂いています。
なぜか・・・
それはこのブログを読まれる方々は、一般の人たちよりも、限りなく魂の事に興味がある人たちだと思うので、被害者の方々に対して、いたわりの気持ちも強く持ってくれるんじゃないかと思うからです。
「言問橋」ここは押上方面からの避難民、浅草側からの避難民が両側から押し寄せ、身動きが出来ないままの所に、炎が襲いかかり、たくさんの方が死にました。
下の川に飛び込んで死んだ方々の死体で隅田川一面が死体で一杯だったそうです。
両岸にある<font
隅田公園は、その時たくさんの死体の
仮埋葬地になっていたそうです。
言問橋の親柱は、その時のままであるそうで、人脂で真っ黒なままだそうです。
その柱に触って、サイコメトリーをしたらどうなるのだろう・・・さすがに怖い。
しかし・・・近いうちに必ず私は
、「言問橋」と
「隅田公園」に行ってみるつもりです。
供養の気持ちで・・・何か感じられるかも知れません・・・
「関東大震災」よ「東京大空襲」の場所が一緒だった事も、アメリカ軍の考えた作戦だったと言う事は、知りませんでした(無知でした)
もろくて燃えやすい・密集地で効果的だったという理由で指定された場所。
そこに住む人たちには選択の意味も知らされないままに・・・
ps 大空襲を指揮したアメリカの将軍が、のちに日本の総理に、勲一等の勲章をもらったそうです・・・日本の航空自衛隊の発展に協力したという理由で・・・
なにか釈然としない・・・
ここに大空襲の記事が少しありますので、興味があれば見てください
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kusyu-kusyu.t.htm
皆さんももし行けるようでしたら行ってみてください。