前回のブログで、初めての亡くなった方とのコンタクトを書きましたが、その続きで印象に残った亡くなった方とのコンタクトを書いてみます。

2年ほど前になりますが、お父様が亡くなって間もない方がお見えになりました。その方はお父様との接触が希望ではなく、夫婦関係の悩み相談でした。離婚するかしないか...のような内容です。彼女がこう言いました。

「亡くなった父は元からあの人との結婚には賛成していなかったのです...」

その瞬間、また暖かい光に包まれ、男性の声で「もう、十分だ、早くしなさい。」と言われました。私が心の中でなにを早くするの?あなたは誰?と聞いたら、目の前の方のお父様だと分かりました。死後49日は亡くなった方とコンタクトできないと聞いてましたが、そんなことはなく短い言葉でポツリと話しかけてこられました。

早くしなさい、ときうのは離婚のことで、離婚したほうが彼女のためだというのです。「今、多分お父さんと思われる方のエネルギーがここにいて、早く離婚するように言ってます。」と伝えました。

この現象は、多分、近しい存在だった娘が父に想いを馳せたことから、突然のお父様とのコンタクトになったのだと思います。お父様は生前からずっと、彼女が幸せではないことを見抜いており、心配しておられたのです。

彼女はワッと泣きだし、父親の最後のときの病院での様子を語り始めました。すると、お父様は私に話しかけてきてこう言ったのです。「最後は痛みはなかった、観音様が迎えに来たんだ。」そして、私に大船の観音様のような美しい白い観音像を見せてきたのです。私はクレアボヤンスはそんなに発達している意識がなかったのですが、ハッキリとこの時、観音菩薩の映像が私の脳裏に見えました。

「お父さんが、最後は痛くなかった、観音様が迎えに来たって言ってますよ。」とお伝えすると、彼女はさらに号泣しながら、「父は生前、観音信仰をしていたのです。」と事実を明かしてくれました。私は自分で見えたものを話しただけでしたが、そのことが、事実を語った形となり、私自身がびっくりしました。

その後、彼女はお父さんの遺志も感じたのか離婚に向けて歩みだしていきました。

近しい亡くなった方は肉体が無くなってもなお、肉親のそばにいて愛情を注がれているのです。いつでも呼べば側にきてくれているのです。

今日も長文お読みいただき、ありがとうございます。

癒阿弥(ゆあみ)

私はスピリチュアルな存在を信じるようになるまでにずいぶんと時間がかかりましたが、相鉄線の西谷駅で最初のサロンをスタートした時に、今現在につながる自信になるような亡くなった方とのコンタクトがありました。

当時、ハワイアンロミロミとフェイシャルのマッサージの勉強をした私は西谷駅前にヒーリングエンジェルという名前でマッサージ&エステのサロンをオープンしました。初めての土地でまったく知らないお客様を獲得するためにチラシを蒔いて、少しずつ始めました。とは言っても、慣れない場所ですし、何か特色のあるものをやらないとお客様がつかないのではないかと思い、フェイシャルやボディーマッサージに来たお客様に10分無料のエンジェルカードリーディングをスタートしました。

すると1年程した頃にはマッサージはついでで、占って欲しいというお客様が増えてくるようになりました。当時は今ほどスピの能力もありませんでしたが当たると評判になったのです。

そこで、リーディングのコースを本格的にやることにしました。今のような心と体と魂を同時に癒すコース、エンジェルロミを考案したのはこの頃です。体の声を聴いて体表に溜った疲れを癒す、リーディングによって、今現在の考え方から来るブロックを外す、魂の声を聴いて使命を思い出し、真実の道を歩んでもらうためのヒーリングを行う、三位一体の癒しです。

そしていつものようにエンジェルロミに来られたお客様とセッションをしていると、彼女の胸元のネックレスがやたらとキラキラと光るのです。私は素敵なネックレスですね、とお声をかけたら、そのネックレスは亡くなったご友人からのプレゼントだと伝えられました。

お客様がそのご友人に想いを馳せ懐かしそうな顔をなさった瞬間、どこからともなく暖かい温度を感じ、黄金色に近いような光にその場が包まれました。驚いていったい何が起きたのだろうと思っていると、ハートの奥から熱いなにかの感情がこみ上げてきました。

そのときのこと、そのときのお客様のことは死んでも忘れないだろうという生まれて初めての亡くなった方からのコンタクトでした。その方は私のハートに訴えかけて来てこう言うのです。

「気にしないで、ちっとも恨んでなんかいないよ、どうかテニスを辞めないでほしい!」

私は気づくととても深い愛の中にいて、あまりに究極の癒しのエネルギーで涙で声もうわずっていました。亡くなった方の愛の光とはなんと素晴らしいのでしょうか。深い愛としょか言いようがない光に包まれて至高の幸福感を味いました。

亡くなったご友人はお客様のダブルスのペアの方でした、彼女が傷ついてテニスを辞めようかと迷っていることに、愛の波動で辞めないようにと訴えてきたのです。

私は、「なんという癒しなの!なんと暖かいの!」と声に出して号泣してしまいました。目の前のお客様にもご友人の愛が伝わったのか号泣していました。彼女にも亡くなった方の愛が伝わった瞬間でした。

他の方とパートナーを組むことをためらっていたお客様にご友人は前に進んでほしいという願いを届けに降りてこられたようでした。

「私は呼べばいつもあなたの側にいるよ、試合のときにはそのネックレスをしてほしい、そうすれば一緒に戦うから。」

力強く暖かい亡くなった人の言葉は胸を打つものでした。

私はこの時、理屈では分かってはいたけれど、心から分かっていなかった死後にも魂が生き続けることを身を持って知らされたのです。

そして、この体験から学んだハッキリといえる真実は、人は亡くなっても、生前の特徴を持ったままの個性的な存在であり、同時に無償の愛の存在として大切な人をずっと忘れないで見守ってくれているということです。

今日も長文を読んでいただきありがとうございます。  癒阿弥(ゆあみ)

ドリーン・バーチュ博士の本に出会い、エンジェルセラピーの講座を受け、段々とスピリチュアルに傾倒するようになった私はその後、数々の霊能者のセッションを受けることになります。当時、子供の死産から立ち直るためには何でもいいから取り組んでみようという思いでいっぱいでした。最初にきたのは数々の宗教でしたが、結局それらには何の救いも感じられず、スピリチュアルカウンセラーの言葉が私には救いになったのです。

当時はどこからともなく噂を聞きつけた人が私の元へ来て、宗教への入信や勧誘をされることが多く、勧誘された宗教は8か所。私には宗教に頼りたい気持ちもあったので、色々な宗教の総本山的な場所まで行ったり、教えを聞いたりしましたが、どれもピンとくるものはありませんでした。

むしろ死産した子供は三途の川の片隅で石を積む修行をさせられている、子供を産めなかったお母さんはその子を助けるためにお経を詠む修行をしなければならない、などと脅されたこともありました。果たして辛い思いをしている人にそのような言葉をかけることで救われることがあるのでしょうか。私はのめり込むこともなく、むしろ今度こそはと、叩いた門の中にどれもお金の匂いを感じて嫌な気持ちになるばかりでした。

宗教の誘いは善良な人が本当の気持ちでその人の魂を救いたいという思いを置き去りにして、洗脳により勧誘することで徳が上がると騙されている人たちの集まりでした。1回のお布施の金額を聞いてびっくりして、騙されているのではないかと心配しても、洗脳されていますからその洗脳を解くことは私にはできません。そこから遠ざかるしかありませんでした。そういう人ってたいがい善良で世間知らずでいい人なので、逆にこっちが救ってあげたかったのですが、それもおこがましいですよね。だって、その人たちはそのお布施によって、自分は救われていると心から信じているから、本当に、信じるものは救われるとしか言いようがありません。

そんな私の心を打ったのは、スピリチュアルなセッションでした。ヒーラーさんの個人セッションを受けたり、チャネラーさんの言葉をいただいたり、レイキを受けたり、オーラ療法やヒプノセラピーに行ってみました。

スピの世界には宗教によくある脅しや、しなければならない決まり事などややこしいことがなくて、私には向いていたようで、スピリチュアルカウンセラーの言葉は真実を伝えているように感じられたし、癒されました。そんなことをやっているうちに段々と元気になり、いつしか漠然とですが、私もこのようなことを仕事にして、色々な人を救いたいなどと、身の丈以上の想いを持つようになっていきました。スピリチュアルを学ぶことは実際宗教よりお金がかかる場合もありましたが、私は相応の価値があると思っていました。これもまたひとつの宗教かもしれませんね。でもお金はやはり信じているものに使うのが一番だし、むしろそこに使わなければ無駄金だとおもうのです。そして、私はスピリチュアルカウンセラーの道を目指すことになります。

続く

私が初めて天使の存在を確認してから、魔法と思える出来事がたくさん起こるようになりました。

当時の私は、設計事務所でパートをしていましたが、そこに行くのに原付バイクを使っていました。いつも遅刻気味の私は、ある日、ミカエル~遅刻しそうなの。どうにかして~!と頼んだら、パート先への信号が全部青で、十分間に合ってしまいました。それからも、度々ミカエルに助けてもらい、なんとか時間通りに行くことが出来たことがあります。でも、明らかに自分が悪いので、いつも助けてくれるわけではないのですが、天使に頼んでおくと、絶対遅刻できない大事な日にはちゃんとたどり着くことができます。

天使学の第一人者のドリーン・バーチュ博士の本にも似たようなことが書いてあります。時間がタイトで駐車スペースがすぐ空くようにお願いしたらいいタイミングで一番入口に近いスペースが空いたというのです。ドリーンと似たようなことが、私自身にも起こり始めたので私自身もびっくりしました。

他にも、天使のことを考えていたら、レシートの合計金額が444円だったり、目の前を歩く人のリュックに羽の絵が描かれていたりというような小さな、けれど、天使からのメッセージと思えるようなことが起き始めました。44は天使を示す数字ですが、この数字を気に留めるようになったから目につくのかもしれませんが、天使はどんどん私の中で身近なものに変化していきました。

それから、私はドリーン・バーチュをホームページで検索して、エンジェルセラピーの講座に出席することになりました。エンジェルセラピーとは、天使的エネルギーを使ったリーディングやコードカッティングにより、クライアントのエネルギーの浄化や、カウンセリングをして癒していくセラピーです。私は、講座でさらに著書だけではわからない色々なヒーリング法やリーディング法について学び始めました。当時の私は自分にスピリチュアルな能力があるなんて思っていませんでしたから、どちらかと言えば興味本位だったのですが、その講座の中で純粋に天使の存在を信じている人たちがいることを知るようになりました。

そして、その人たちの輪の中にいる自分の心地良さを感じていました。自分に中に眠るスピリチュアルな能力に目覚めていくことは私にとってとても居心地のいいものであり癒やされる時間でした。講座の中で私が一番得意としたのは、クレアコグニザンス(クレアノウイング)という第7チャクラから降り注ぐ情報に気づく能力です。どういうことかというと、自分が知る由もない情報を知っている、という感覚のことです。これは、何でわかるの?と聞かれるとなんでだかはわからないけれど、わかるから、わかるとしか言いようがない知識が脳に降り注いでくるようなイメージです。この能力は男性や、あるいは女性でも経営者や営業の仕事に携わっている人に多く見られる能力ですが、私も当時内職の斡旋業をしていたので、男らしかったのかもしれません。この能力について知るようになって、自分の能力を開発したいという思いはどんどん強くなっていきましたが、まだ当時はスピリチュアリティーを仕事にするという決心はありませんでしたし、その能力も趣味の域を超えていませんでした。

続く

私はもともとスピリチュアルな人間ではなかったため、天使とは想像上の神話の中の物語の登場人物ぐらいにしか思っていませんでした。

でも、慟哭の日々の中、自らの存在意義について深く考えるようになったきっかけの書物に出会いました。もちろん当時は沢山の書物を読んで、なんとか浮上しようと懸命にはなっておりましたので、自分の中では藁をもすがる思いだったのでしょう。心惹かれたのはドリーン・バーチュ博士のエンジェルセラピーに関する書物です。ドリーンは沢山の出版をしておりますが、特に初期の作品には心癒される真実があります。

ただ、そこで漠然と思ったのは、彼女は天使天使と言うけれど、天使なんているはずがないという不信の気持ちです。本の中の数々の美しい言葉は傷ついた私の魂を癒してはくれたけれど、天使の存在は見たこともないし、空想の産物だと思っていました。

思っていました......と過去形で語るのは、今はその存在を完全に信じているからです。天使とは神の分霊であり、その役割ごとに神の力を分別したエネルギー体、もしくは人のために尽くし魂の進化のサポートという役割を担う光の存在たちと捉えると分かりやすいと思います。

天使はいつでもそばにいて見守ってくれているのです。

私はどうしても天使の存在が信じられず、そんなに天使がいるというなら証拠を見せてよ!とドリーンの本を読みながら心の中で叫んでみました。

するとその直後、ベランダに美しい1枚の真っ白な羽がひらひらと落ちてきたのです。その空間は光を帯びて虹色に輝いているように見えました。

私はびっくりして、すぐベランダに出て羽を拾おうと思いましたが、残念ながら羽は落ちていませんでした。ちょっとがっかりしましたが、私にとってはこのことはまぼろしではなく、にわかに天使が私に送ってくれたサインであると認識しました。その場にはミカエルもラファエルも姿はありませんでしたが、それからの私は使命を遂行するかのごとく、スピリチュアルを現実ととらえて進んでいくことになりました。

みなさんも天使が信じられないなら、心から願うと、何かしらのサインが訪れると思いますので、信じてみてください。

続く

私は、そのころ慟哭のときの中に埋没しておりました。全てを失ったように魂は死んだようになっており、何も考えることができませんでした。

ただ、なんで?という質問ばかりが心の中を何度も行き来していました。それは第二子を死産したからです。平成10年のことですから、今その子が生きていれば18歳の美しい青春時代を迎えて意気揚々として未来を見据えていたことでしょう。

十月十日私の中で育った赤ん坊はいざ生まれようと陣痛がきて数時間後にはお腹の中で死んでしまったのです。何が起きたのか分かりませんでした。小さな産院から川崎市立病院へと向かう救急車の中では赤ちゃんはまだ生きていると信じていたのです。でも、やがて処置が終わり麻酔から覚めた私は現実を知ることとなります。

さて、それからは半年ぐらいの間ごみ捨てに外へ出るのも不安なほどに精神的に疲れきってしまっていました。大きな300世帯もある夫の会社の社宅に住んでいた私は、当時内職のあっせん業をしており、社宅の奥様たちに内職の仕事を配っていて、かなりいいアルバイトになったため私に取り入って仕事をもらおうとする社宅の奥様達にとってはかなりの有名人でした。なので、死産を知って周囲はどのような声をかけてくるのだろうかなどと考えると、どうしても心が澱んでしまうのです。何とか内職の仕事は続けていたもののそこはかとなく人生を諦めているような状態でした。

そんな時、長女が泣きながら学校から帰ってきたのです。当時娘は小学校1年生でした。

彼女が言うにはご近所のおばさんに「赤ちゃん生まれたの?」と聞かれて「赤ちゃん死んじゃった」とありのままに答えたところ、「なんて嘘つきな子だ!赤ちゃん死んだなんて!」と言われたというのです。彼女は私の膝にうずくまって悔しさと悲しさがこらえきれずにいつまでも大声で泣いておりました。

その時、このままではいけない!と私は一大奮起、大切な上の娘のために、亡くなった赤ちゃんには申し訳なく想いながらも力強く生きて娘を守らなければっ!と思ったのです。

強くなることでどんなゆがんだ道もやがてはまっすぐに進めるものです。

私のきっかけを作ってくれのはまだ幼き娘の泣き顔でした...。あのときはひどいことをいう近所の人に腹をたてましたが、その気持ちはやがて感謝に変わっていきました。その時の一言がなければ私はいつまでもなんてかわいそうな私!と思いながら立ち直れずにいたことでしょう。

それから占い師になるまでの道のりを徐々に書いていこうと思います。

本日もありがとうございました。感謝♡     癒阿弥(ゆあみ)

はじめまして

「横浜の占い館 天使の処方箋」癒阿弥(ゆあみ)のブログへようこそ!

今月(2016年11月)より占いタウンでお世話になることになりました癒阿弥(ゆあみ)です。メール鑑定、対面鑑定を中心にタウンでお世話になります。

神奈川県横浜市でひそやかに占い&マッサージのサロンをやっております。天使をイメージしたサロンではご自宅にてくつろぐような暖かい雰囲気でのおもてなしを心掛けております。対面セッションでは7つチャクラの浄化とエーテルコードカッティング(因縁断ち)や縁結びも目の前で一緒に瞑想状態に入っていきながら行いますので、心のさびが取れていくような清々しい感じを得ていただけるとおもいます。近隣の方はぜひ大変でも足を運んでくださいませ。

電話占いの手軽さも良いですが、電話占いは大手占い会社との契約があるため、あまり待機できませんが、フラッと待機すると思います、どうぞよろしくお願いいたします。電話鑑定ではアカシックリーディングを中心に鑑定してまいりますので、出会った時期と場所、お相手のご年齢やお名前をお聞きします。また、どうしても電話鑑定希望のお客様は、お問い合わせメールから希望の時間帯をご連絡いただいて、お時間の約束の上こちらからお電話致します。待機時間は少ないのでメールをいただいたほうがスムーズだと思います。

メール鑑定は、過去に所属していた電話占い会社(今はなくなっています)で経験を積んでまいりましたので、文章で表現する力は十分だと思います。今所属している会社にはメール鑑定がございませんので、タウンに登録させていただきました。メールではスピリチュアルと同時に生年月日から導きだす四柱推命も同時に見てまいります。

電話鑑定メール鑑定ともにポイント購入のお客様のみ賜ります。対面セッションご希望のお客様はご来店時に鑑定料をお支払ください。

どうぞよろしくお願いいたします。 癒阿弥(ゆあみ)