いよいよ師走も近づいてきましたね。
さて、今日はいつかここのブログに書こうと思ってたネタです。
ネタなのか?w まぁネタでいいか。
みなさんの中でもTVゲームをやったことをある人は多いかと思います。
ニンテンドーDSなんかは特に、
国内で2000万台を突破しているハードですから
遊んだことがあるでしょう。
(国民の10人に一人は所持している計算です)
人気のソフトは様々ありますが、今回はその中でも
ドラクエ
について、話したいと思います。
ご存知ない方に簡単に説明すると、これは
ある日、
「勇者の子孫である」と告げられた少年が
世界を暗黒に包む
「竜王」を倒しにいくという話です。
あなたが動かすのは、この
「勇者」で
もちろん最初は弱く、装備も心もとないですが
魔物たちを倒していくことで経験値を獲得、レベルをあげていき
徐々に使える魔法より強力になり、
力も強靭になるので刀で斬る攻撃も強くなります。
行く先々で困っている村人たちを助け、問題を解決していくことで
その世界の人々から「勇者さま」と崇められていきます。
魔物を倒したり、洞窟を踏破することで所持金を増やし、
より強力な装備を手に入れていきます。
この一般的にロールプレイングと呼ばれるゲームの種類は
日本では圧倒的な人気を誇っています。
もちろん秀逸な物語にぐいぐい惹き込まれていくから、
というのもありますが、何よりも
「戦うことで成長を実感していくゲーム」
という、コツコツやれば誰でも強くなり
その手応えを感じることが爽快感になっています。
レベルが一つあがった途端に、新たな呪文を覚え、
それを使うことで、それまで苦戦していた敵が
あっさり倒せるようになったり、
洞窟で見つけた剣を装備したら、それまで与えてたダメージを
軽く超えるようになったり。
労力はすべてダメージという数値で報われ、
例え冒険の半ばで尽き果てても、勇者は教会で息を吹き返し、
もう一度レベルをあげてチャレンジしなおすことが出来るわけです。
これはすなわち現代社会の理想的な人生そのものであり、
現代人の根源的なストレスを見事に逆説的に現しているように見えます。
これが日本を「ロールプレイング大好きな国」にした要因でしょう。
頑張れば、それはすべて報われるわけですから、
報われやしない現代社会では、非常に達成感があるわけです。
さて、ここまでは様々なところで書かれてきたことですが、
今日の本題はここからです。
こう仮定してみましょう。
画面の中で一生懸命に奔走している、「
勇者」は実はあなたの肉体です。
テレビ越しに
「勇者」を操作しているあなたは「魂」です。
勇者に自分で名前をつけ、冒険の指針を決定しているのは
魂であるあなたです。
コントローラーを使って自在に
「勇者」を操作し、
行きたい所へ赴き、話したい相手と話す。
ゲームの世界では、操作方法さえ間違えなければ
それらはスムーズに行えます。
それでも、冒険に伴う難解な謎解きは自分で試行錯誤しなくてはなりませんし、
現時点では倒し切れない敵や、まだ開けられない宝箱は
数多く発見されます。
しかしレベル上がったり、強い装備を手に入れれば
難敵でもいずれは倒せますし、
開けられなかった宝箱は、場所さえ忘れなければ
いつかは開けて中身を見ることが出来ます。
が、しかしです。
魂が不都合や苦痛を感じるような「勇者」だったらどうでしょう?
西にある村に行きたいのに、まるで違う方向に進んでしまう。
今、この敵と戦えばちゃんと勝てるのに逃亡してしまう。
一度、「この呪文は利かない敵だ」と学習したにも関わらず
何度も同じ呪文を唱え、結局不利になっていく。
ゲームだったら、それを面白がる人もいるかもしれませんが
大抵は苦痛を感じるでしょう。
面白がれる人がいたとしても、それは
「あざ笑う対象」
として見てしまい、自分の分身とは決して思わないでしょう。
でも、鑑定しているとこういう「困った勇者」は
けっこうたくさんいるのです。
魂に素直になりなさい
と口だけで言うのは簡単です。
その方法も中々掴めないでしょう。
波動が落ちて、何をやっても虚脱感を感じる人は
一度自分自身と向き合う覚悟をもってみてください。
本当にやるべきことを、してきたか?
救うべき村人を見過ごしてないか?
今の自分にあった敵を倒しているか?
耳を傾けるべきメッセージを見落としてないか?
そして何よりも
「自分が倒すべき竜王を探そうとしているか?」
あなたの人生で存在する竜王は、人それぞれです。
自分のパラメーターを見て、どこが秀でているのかを
ちゃんと理解しているか?
どこの部分の数値が伸びているかを把握しているか?
思うように戦えない自分をめんどくさがったり
放棄したりしていないか?
魂も虚脱感に見舞われ、分身である肉体への愛情が
感じられなくなったら、
「勇者」はひたすら足踏みをしたまま、画面は変わりません。
肉体がゲームの電源を切りたくなるとき、というのは
すなわちこういう時なのです。
しかし実際のゲームと違って、そのスイッチを切ったら
神は二度とあなたに新たなゲームを与えようとはしません。
どんな形であれ、クリアして終わると言うのが神との約束であり、
それを誓ったから、我々は肉体を授かったのです。
うーん、今日は堅苦しい話になってしまいましたねえw
P.S.
明後日よりしばし、海外へ出張に行ってきます。
1週間ほど電話での鑑定はお休みさせていただきます。
メール鑑定は受け付けております。
よろしくお願いします