いよいよ4月になって期も変わり、気分も一新しようという気運になってきてますが、
世の中はなかなか鈍く渦巻いているようですねぇ・・・
ホントはここで色々いっぱい書きたいのですが、
毎度のごとく邪魔が入るのは
「書かれたくない」
と思う想念が、猛攻撃をかけてきているからでしょうか?
それもこれもインターネットならではの現象かもしれません。
さて、幾度となくアップしようとしている話題に行きましょう。
土浦の無差別殺傷事件です。
この痛ましい事件の直後に、今度は
ホームから見知らぬ男性を突き落とした事件が起きました。
これは霊能的にみれば、完全に
憑依
と言っていいでしょう。
憑依による殺人事件は実際には、毎月のようにあります。
過去にも似たような事件はありました。
今回は連続したことで、マスコミは
「少年が無差別犯罪を断行する心の闇」
みたいな部分にスポットを当てていますが、
さらに自分が付け加えるとすれば、
これらはすべて
宅間守
と言い切っても差し支えありません。
彼は
付属池田小殺人事件の死刑囚です。
死んでいるので、生霊ではありませんが
そのあまりの恩讐に、天に帰ることを拒み、
自縛霊となった存在です。
もし、我々が住む地上が、もっと幸せに満ちており
彼のような想念が棲むには適さない波動だったら
彼も行き場を失うはずなのですが、
いかんせん現代の地上は悪波動に満ちていて、
彼が共鳴できる人間がいるから隠れやすい、ということです。
これがすなわち、今回の凶行に及んだ少年達です。
彼らが求めた救いの声は、世の闇にかき消され
結果的に世の中すべてを恨むに至った、と。
彼らは本当であれば、自分達を不条理の檻に押し込めた
肉親達を恨んでいたのですが、その惨状を見てみぬ振りした
他者にも、その恩讐を向けました。
特に宅間は、自分が幼い頃に憧れた幸せな家庭に住む
幼い命を奪うことで
「お前らも同罪だ」
と言いたかったわけです。
さて、ここまでを表記することは良いのですが
自分も立場上、彼らの意見を聞くことは出来ても
許すわけにはいきません。
まったく、3回も4回もアップの邪魔をしやがってw
甘えるのもいい加減にして欲しいもんです。
彼らは神の裁定のよれば
魂ごと消滅
という裁定結果を知っていますから、激しく抵抗しています。
隠れ蓑になる人間、憑依出来る対象があれば
彼はいくらでも神の手が及ばない場所に潜むことが出来ます。
神々は肉体を持っている、本来の宿主を憂いますから。
まぁ、汚いやり方ですねぇ。やはり。
では、一見無関係に見えても、ある日被害者にあるかもしれない我々は、
こういった現象に対してどう対処するべきでしょうか?
これは結局
「人に優しく」
という、ありきたりな言葉に落ち着いてしまいます。
荒んでいる人を見たときに、どういう言葉を投げかけてあげられるのか?
感情の行き場を失っている子供に、
社会通念上の話だけをしていても埒があかないでしょう。
誰のためでもなく、自分のために自分の才能を開花させるべき、と
答えてあげるしかないでしょうね。
なによりも利己的な考え方を両親が持っていては、
子供はぐれる一方です。当然に帰結です。
もし、あなたの息子や娘が憑依されたら?ということを
考えたら、いかに守っていくべきかをおのずと考えるでしょう。
殺人者を死刑にしても、場合によっては断罪できないのです。
それくらい、人の魂は思いによって強くなれる、という
逆説的な証明とも言えます。
これが、本当に愛情に根ざしたパワーなら、どれほど
凄いことが出来たでしょう。
さて、冒頭で「生霊ではない」と書きましたが
生霊が憑依して、様々な事件を起したケースも存在します。
宮崎勤
です。彼の場合も機会があれば、いつか紹介します。