こんにちは!
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
キプロスは毎日が日照り状態です。
それと日曜日の地中海でプカプカ、ごろごろでお顔が本当に大変な状態で目も当てれない!
(@−@)どうしましょう〜!
綺麗な花にはとげがあるといいますが、綺麗な海には日焼けありでしょうか・・・。
さて、今朝起きる前に指揮者の岩城さんのお顔が浮かんだ・・・。
国際指揮者として活躍なさっていた岩城さんは今年の6月13日に73歳というお歳で天国に召された。
豪州時代に「働く女性の会」というのがあった。
今はないかも、本当に日本人女性で海外でバリバリという女性はオーラがすごい輝いていた。
会と言っても、月に一度ほどみんなで集まって食事をする。
ビジネスの話などはほとんどなく、普通の話をして2時間ほどのお食事会だったのです。
そんなある日、女性だけの集まりで照れながら男性の方がいらっしゃった。
本当に国際的に有名な指揮者の岩城さんは「女性ばかりに囲まれてどうしよう。」と恥ずかしそうにバリバリ働く他の女性の話をみんなで聞いていた。
岩城さんの波動は本当に暖かい波動で、夢を語るときの目は純粋な子供の目でした。
指揮者の方は本当にあの1本の道具で世界中を回る。肉体労働みたいです。身体全体ですべての楽器の音を把握しながら誘導して行く職業。
素晴しい方ほど謙虚だと実感しました。
その日は岩城さんをお連れした人はすでに帰っていたので、上司と私とでホテルまでお連れしましたが、とっても、恐縮していて、綺麗なお辞儀でした。
職業で色々なプロの方と会うチャンスがあったのですが、20代の小娘にちゃんと挨拶して頂いたのは岩城さんが最初で最後でした。
人はちやほやされると傲慢になってしまいがちです。自分がいないと地球がおかしくなってしまうと思う人も有名な方でいらっしゃるでしょうし、年が若いと思うと命令調で言う人、説教する人、自分がいかに偉いかを語る人。さまざまな方々のご縁の中で「謙虚な人」「謙虚」という意味を実感出来るお方だった。
きっと、その意味を再確認するのに今朝ふと岩城さんを思い出した。はにかんだ笑顔がステキなお方でした。
こちらは読売新聞からの抜粋です。
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「僕は患者のプロですから」――。13日亡くなった指揮者でエッセイストの岩城宏之さんは、何度も病魔を克服しては再起し、最晩年まで指揮台へ立つことにこだわり続けた。73年間の“棒ふり人生”だった。
岩城さんの悲報はこの日午前、オーケストラ関係者らに伝わった。
先月28日には東京フィルを振って、没後10年を迎えた盟友の作曲家、武満徹の作品を指揮する予定だった。しかし、同26日のリハーサルへ車いすに乗って現れた岩城さんは、重度の貧血などでめまいを訴え、指揮を断念していた。
岩城さんは1987年に頸椎(けいつい)の難病を患って以来、胃がんなど20回以上の手術を経験。2001年に咽頭(いんとう)がんの手術を終えた後は、絞り出すような声で会話を続けた。
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こんなエピソーもあります。
彼は理屈ではなく、いろんなエピソードを積み重ねて、音楽教育について語ります。伝えたいことを直接言ってしまうのではなく、「カラヤンはこうだった」「ぼくの先生はこうだった」「こんな人がいた」と。そのエピソード一つ一つがべらぼうに面白い。感動的なんです。
私は、交響曲とかが好きじゃないので、岩城さんが振った演奏も聴いたことがありませんでした。でも、本書を読むと聴きたくなります。本書から、彼の音楽への愛が伝わってくるからです。
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岩城さんはきっとエンジェルみたいな指揮者さんだったと思います。
ご冥福をお祈り致します。合掌
ありがとうございます。