昨日の英語でしゃべらナイトで、日本のグローバル企業が海外の社員を集めて日本のビジネス心得を研修している風景が流れてました。
完璧主義を伝えようとして、「日本人は失敗作を0にしたいのです」って言ったらドイツ人が、「壊れたら新しいのを買ったらいいのでは?その方が物も良くなっているし」っていう、噛み合ってなくない?な会話が印象的でした(途中をカットしてるからでしょうし、間も想像つきますが)。
完璧主義ってどう伝えたらいいのかな?なんて一瞬考えたら、「日本人は間違いがなく完璧に出来ることを喜びとしています。」って感じかな?と思いました。きちんとできたら、なんか、気持ちが良かったりするじゃないですか。失敗するのを前提に適当に何かをするってことが、なんか、感覚的に受けつけないというか。
完璧主義って言うと、細かいところまで完璧にしないと気がすまないようななんか心の狭さみたいなのを感じていましたが、逆に、その真摯な感じに喜びを感じるのってストイックで素敵だな、って思いました。
そういう日本の哲学を日本人ってなかなかうまく説明できていなくって勿体無いですね。自画自賛もあんまりどうかって感じますが、自分達の本当のところ、みたいなのを、きちんと知ってもらえたら、かなりいいところが沢山あるんだろうなって思いますが、それも風前の灯だったらやだなぁ!戦後にどんどん捨ててきたものの中に宝物がありそうで、完璧になくなってしまうまえに掘り起こして継承したいですね☆
戦前までの日本人の良さって、なんか、村社会から強制されてたって気分も大きいと思うの。だから戦後に「自由だ〜っ!」って浮かれたんだろうし、私だって勿論今更、誰か一人の考えに従えとかって無理だし嫌だし。自分のことは自分で考えて決めたいの。その考えに、戦前のいいところのエッセンスを自分で選んで、っていう、押し付けなしで自然に選べるようになったら素敵な気がする。
勿論、戦前に生きてないし、なんか、昔の人はもっと互いを思いやってたんじゃないの?みたいなのは幻想かもしれないし。
ただ、自分のことを考えるのは大切だけど自分のことばかり考えるのは醜いなぁ、という選択肢が皆にあるわけで、今だからこそ、いろいろ経験したからこそ、普通に努力するっていいね、って思えてもいいのかな、と思います。いいとこどりでいいんじゃないでしょうか?
使い捨てられる経済力を喜んでいたなんて成金な訳で、今までだってダサかったんです。もうそういったコンプレックスはないでしょう?って思うのですが三つ子の魂百までも続かせますか?本当の豊かさはそんなもんではないのです。豊かさや幸せは、人との関わりでしか感じられず、そういう関係を築くためには地道なことが大切なのです。と言ってやりたい人々がまだいるのが残念です(> <)偽装とか汚職とかなくなって欲しいです。
幸せに貪欲になりましょう!!