お釈迦様は「悟り」という境地で解脱され、
この世の『苦』から解き放たれたと言われています。
しかし、凡人である我々の多くは、
日々の生活の中での出来事に苦しみを感じてしまいます。
お釈迦様は…
「生、老、病、死」という四つの苦しみ=『四苦』と、
「愛する人と別れる苦しみ」…【愛別離苦】
「憎らしい人にも会わなければならない苦しみ」…【怨憎会苦】
「求めるモノが手に入らない苦しみ」…【求不得苦】
「人の心身が自然に活動すること自体の苦しみ」…【五取蘊苦】
これらを合わせて『四苦八苦』と示され、
苦しみの発生の順番も『十二因縁』で示されています。
私は厳格な仏教徒ではなく、勉強不足でもあり、
お釈迦様の説かれた宇宙規模の哲学的思考を
いまだにキチンと理解できていませんが、
教義の中に、苦しみから開放されるための、
重要なヒントがあると感じています。
考えてみれば… 別れ、挫折、痛み、屈辱、恐怖… など、
生きていること自体が常に「苦しみ」と隣り合わせで、
それらの「四苦八苦」などから解き放たれれば、
どれほど「し・あ・わ・せ」なことでしょう。
望みが叶ったり、欲しいモノを手に入れたり…
それが「「し・あ・わ・せ」ではありません。
世間を騒がせているような… 狂人による無差別殺人も、
その犯人が耐え難い苦しみから解放される手段を、
完全に誤ってしまったのだと思います。
そしてその犯人は、これまで以上の苦しみを、
受け入れることとなるでしょう。
それは「罰」とか「報い」とか…
そんな概念ではなく… 間違っても絶対に…
犯人が裁かれることを喜んではならないと思います。
被害者の遺族の方々の悲しみ(苦しみ)は、
想像できるものではなく、お悔やみの気持ちで、
ご冥福を祈るくらいしかできませんが、
恨みや憎しみは、新たな苦しみを招いてしまいます。
「苦しみ」と向き合いながら、
何が本当の「し・あ・わ・せ」か?を求めましょう。