もうじき「新月」を迎えますが…
このブログサイトでも多くの占師さんが、
『新月の願い事』について触れておられるのを目にします。
私も… 「満月」と合わせ、月の満ち欠けに沿った開運法他…
これまで何度も「願う事」の重要性を唱えて来ました。
しかし… 最近、私の考え方に変化が起きています。
個人的な『願い』や『望み』って、本当に必要なのでしょうか?
もちろん、願うこと自体を否定する気はありませんし、
「自分が何を求めているのか?」を再確認しながら、
目標を明確にすることで、生きる活力やエネルギーを得たり、
有意義な時を過ごすことが可能かも知れないし、
「今の己を知る」という意味においては重要かも知れません。
ただ… 個人的な『願い』や『望み』があるからこそ、
そこに苦悩が生じることってありませんか?
また、個人の欲求を満たそうとすることで、
自分優先になってしまったり… 争いが起きてしまったり…
例えば… これから暑くて寝苦しい夏を迎えますが、
「快適に過ごしたい」と望めば、エアコンを求めます。
そうなると、限りある資源を消費することになるし、
室外機の影響で都市熱を呼び更に温度は上昇します。
自分達の求める快適が、地球環境や自然に影響を与え、
罪の無い動物達を困らせてしまっています。
まぁ、この考え方↑は、ちょっと飛躍し過ぎかも知れませんが…
例えば… 「素敵な恋愛や結婚がしたい!」と望むからこそ、
概念にある「素敵な恋愛」と「現実」の狭間やギャップに悩み、
苦しみや悲しみを感じてしまうことも起きてしまいます。
常識や既成概念による理想に捉われず、見返りや報いを求めず、
ただシンプルに恋をして、相手を愛しいと想えば、
そんな人に出会えたご縁に喜びを感じることができます。
「願い」や「望み」と言えば聞こえはイイし可愛く感じるけど、
別の表現をするなら、それらは『欲望』です。
相手に何かを求めてしまったり、依存したくなったり…
もし、これらの『欲望』が無ければ、もっと身近で、
シンプルに「し・あ・わ・せ」を感じることができるかも知れません。
欲望を手放すことや捨てることは、
ある意味、人間の本能を否定するような感じにもなるので、
それを促したり、お奨めしているわけではありませんが、
欲望は尽きることがありません。
対人やお金… など、求めすぎない心掛けも、
大切で重要なのではないでしょうか。