イソップ寓話のヒトツに…
(私のうろ覚えなので、少し内容が違うかも)
鹿が怪我をして動けず、草原で横たわっていました。
それを知った鹿の動物仲間達が次々に、
鹿を案じてお見舞いに来てくれました。
そして、動物仲間達はお見舞いに来たついでに、
近くに生えていた草を食べて帰りました。
やがて、鹿の怪我は治り、少し動けるようになりましたが、
周りには草が無く、食べ物がないために飢え死にしました。
… こんな話しがありますが、
こんなことって、人間社会でしばしば起きていませんか?
お見舞いに来た人(動物仲間達)は、
一見すると、怪我をした人(鹿)を思い遣り気遣ってますし、
義理も果たしていると言えるでしょう。
「あの人(鹿)のために、できるだけの誠意を示した」と、
自分優先の発想や行動に気付かず、自らを納得させるように、
「残念な結果(鹿の死)だ」とか、「遺憾に思う」とか…
でも、これら… 『主観的な誠実』に過ぎません。
その発想や行動の根底には、
周囲からの評価や評判のため… であるような、
見返りや報いを期待する感情が見え隠れします。
そして、自分自身に対しても、
「誠実で慈悲の心を持った良い人」と思い込みたい…
これらを、いわゆる『偽善者』と言います。
まぁ、そうは言っても、私を含む多くの人が該当します。
人間の性(さが)と言えるかも知れません。
全てにおいて、見返りや報いを求めない人の方が稀です。
ただ、時々… 或いは可能なら、常々…
自身の発想や行動を見直してみることで過ちに気付き、
それを改善しようとする向上心が、
精神や魂… 人間性を磨くのではないでしょうか?