私は… 父親の仕事(プロ野球選手)もあって、
当時の少年達の多くが憧れたように、
『将来はプロ野球選手になりたい!」と思っていました。
幼い頃から運動が大好きで、得意で…
いつも体育の成績だけは自信がありました。
ただ、残念ながら… 運動能力や素質において、
「人並み以上」ではあるものの「類い稀」ではなく、
プロの目(親父)から診ると、野球に限らず、
プロスポーツ選手として活躍し、
生計を立てて行くだけの才能は乏しかったようです。
今にして思えば… 親父はさすがに『プロ』で、
その見解は見事に当たってて、正しく…
仮に、夢と憧れだけで目指し続けていたとしても、
叶わぬままで終わっていたと思います。
また、親父のプロ野球選手としての現役生活(12年間)は、
けっして順風満帆ではなく、スター選手でもなく、
成績が悪ければ、いつ首になるか解らない不安定で…
親父が感じた… 好きなことを職業にしたからこその苦悩や、
「一寸先は闇」の勝負の毎日での葛藤を、
息子に味合わせたくなかったのではないかと思います。
母親も、そんな安定感に欠ける心配な生活を
息子達にさせたくなかったようで…
両親の希望は『公務員』でした。
(ちなみに、兄貴は教師となり、両親の希望に応えています)
私は、中学〜高校と、野球ではなくサッカーに明け暮れ…
広島県代表くらいの、そこそこのレベルではありましたが、
静岡の選手を見て、「同じ人間とは思えない…」くらい、
どうしようもないレベルの違いを感じたりしながら、
自然に、プロ・スポーツ選手として生活できない現実を受け入れ…
ある意味それは、自分の能力の限界を知る…
大きな『挫折』や『屈辱』だったかも知れませんが、
それが、妙に人格を屈折させることはありませんでした。
(少なくても、そう自覚しております f(;^_^ゞ)
そんな中で…
私は中学生の頃、将来の仕事や進路について考え…
『ファッション・デザイナー』になりたいと思いました。
ひょっとすると、今から思えば…
生まれながらに備わった運動能力や才能や素質… など、
努力と根性だけでは、どうしようもない部分に限界を感じた…
私の逃げ場だったのかも知れませんが、
その後もサッカーに明け暮れながら、
根性や汗… など、スポーツとは縁遠い世界に想いを馳せ、
ぼんやりとした夢や憧れを持ちながら過ごしました。
この話しの続きは… 後日掲載したいと思っています。
自慢する話しではないし、そんな意図は無く…
何か… 優れたメッセージをご提供するつもりもありませんが、
少しでも、現在に至る私を知って戴ければ光栄です。