ブログ・タイトルは、通し番号(連番) 「6」 になっており、
同じ題材で、大筋での話しは継続しますが、
基本的には、今回限り、一話完結で、まとめたつもりです。
今日は、「占い依存症」を考える際に、
かなり重要なキーワードでもある『 共依存 』について、
「占師&セラピスト」として、述べようと思います。
私は、医師ではないので、あしからず、ご了承下さい。
『 共依存 』とは?
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると…
(私なりに要約しています)
相手との関係性に、過剰に依存し、
その人間関係に囚われている状態を指す。
一般的に、共依存者は自己愛や自尊心が低いため、
相手から依存されることに対し、無意識に存在価値を見出し、
共依存関係を形成することが多い。
そんな風に説明されていますが、「共依存」という言葉は、
学術的用語でなく、明確な定義は無いそうです。
当初は、アルコール依存症患者を世話する家族が、
結果として、依存症の回復を遅らせている現象を指したそうで、
現在では、単にアルコール依存症患者との関係だけでなく、
「ある関係に囚われ、逃れられない状態にある者」と
拡大された解釈をされているようです。
例えば… ギャンブル依存症患者が、
家族に依存し(甘え)て、自立する機会を失い、
家族もまた、ギャンブル依存症患者の世話をすることに、
自らの生きがいを見出し…
「ギャンブルさえ止めれば、申し分ない人なのに…」とか、
「最近は、ギャンブルも減ってきた…」みたいな、
本人にとって、言い訳となるような「否認」を提供して、
結果として、依存症の回復を遅らせていたり…
そんな悪循環を生み出す関係が「共依存」のようです。
ただ、最近は…
暴力を振るう夫と、それに耐える妻の関係… や、
支配的な親と、愛情を受けたい子供の関係…
相手から愛されることを目的とする恋愛… なども、
「共依存」に含まれるようで、そうなると、
「私がいなければ…」と思い込んでしまっているような、
相手が依存症とは言えないケースも含まれ、
「依存症」と「共依存」の線引きって、曖昧に感じますね。
「共依存」は、「依存症」に含まれ、
「依存症」の中の、ヒトツの特徴と言えるかも知れません。
う〜ん…
自己犠牲的に尽くすことに喜びを見つけようとしたり、
自己愛や自尊心が欠如していたり、
自我意識が低く、自分に自信が持てないために、
他人に幸せにしてもらおうと思っていたり、
自身の存在意義や価値を、他人に委ねてしまったり、
人生の目的がはっきりせず、自分を大切にできない…
そんな人が、共依存に陥りやすいのだと思いますが、
それぞれ、ある程度、バランスの問題かと思います。
逆に、自己を犠牲にすることが無く、自尊心のカタマリで、
自信満々、自分は全て完璧で、人生の目標もあり、
他人を幸せにすることができる… と思い込めば、
「傲慢」な振る舞いにも成りかねませんね。
人を愛することは、とても素晴らしいことです。
ただし、自分の人生では、たとえ嫌でも、
自分が「主人公」で、いなければなりません。
依存や共依存での愛では、良好な関係は築けません。
まず、自分自身と向き合い、自己を確立した上で、
自分と相手との境界線を越えない範囲でなければ、
愛する人も、自分も… 真の幸せにはなれません。
素敵な関係を築いて…
愛する人も、自分も… 幸せになりましょう!