私は、特定の信仰を持っていません。
また、宗教的な団体にも所属しておりません。
神社、お寺、教会… など、自分が入りたければ、
先方からお断りされたり、条件などを要求されない限り、
宗教施設のどこにでも入りますし、
できるだけ、「郷に入っては郷に従え!」という感じで、
作法や風習などにも従うよう心掛けています。
例えば、仏教なら… 「南無阿弥陀仏」、
「南無妙法蓮華経」「南無大子遍照金剛」「南無釈迦牟尼仏」…
その場に合わせて、宗派に拘り無く声明します。
そんな、自分の宗教観を、「無宗教」と言うより、
「多宗教」か「雑宗教」と言う方が妥当な気がします。
それで善いのかどうかは判りません。
同時に私は、いわゆる信仰的な意味での、
「神様」や「仏様」を崇拝することもありません。
その他、スピリチュアルなどに属する心霊や、
オカルトなどの神秘的な部分も、積極的に肯定はしません。
ただし、それらに否定的な「無神論者」とは異なります。
肯定をしないかわりに、否定もしません。
どちらかと言えば、懐疑主義的な流れの中で、
「不可知論」に近い捉え方かも知れません。
そういう神秘的な世界に興味を持つより、
生きている今や、自分を大切に考えたいと思っています。
例えば、宗教と深い関係にある「霊魂」や「死後」…
それがどうなのか? 有るのか無いのか?私には判りません。
私は、過去から現在まで、様々な不思議体験をしてますが、
ひょっとしたら、それは「勘違い」か「思い込み」かも知れないし、
論理的に説明できないし、それが何なのか?
「判らなくて良いこと…」みたいに捉えています。
ただ、何とか検証や納得ができる方法は無いものかと、
宗教などの信仰的な部分から、思想、哲学… まで、
私なりには、追求(勉強)してきたつもりですし、
プロとして報酬を戴いて… カタチがなく目に見えない…
モノや心を扱い、不思議な世界にも携わる仕事をしているため、
「一般論」や「既成概念」を鵜呑みにするのではなく、
「霊魂」や「死後」などについても、
信仰や宗教的な概念による背景他… 現在も研究中です。
私は、テレビで有名な人が言ってるから… とか、
何となく、多くの人がそう思っているから… だけで、
「前世」や「守護霊」などの存在を妄信していません。
雑誌やネットの広告では、やたら「霊視」が目につきますし、
「あの人はホンモノですか?」とか、
お客様から尋ねられることが多くあります。
それを商いとしている人達が、どれだけの能力で、
どれほどの知識を持っているのか?
世界規模での信仰や宗教観、様々な解釈などを、
キチンと理解した上で、神秘的な世界や、
「霊魂」などの存在を、仕事として扱っているのか?…
私の知るところではありませんし、
私と異なる解釈の人を非難するつもりもありませんが、
ひょっとすると、ちょっと痛い感じの…
霊感に関する「勘違い」か「思い込み」かも知れません。
その真偽など、私には判りません。
私は、これからも、まだしばらく…
不思議で神秘的な… 霊的な感性に対して、
「ひょっとしたら『勘違い』か『思い込み』かも…」と、
ある意味、自分を疑いながら、自問自答を繰り返しそうです。
いつまでそうなのか? 私には判りません。