こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 真冬を楽しんでいますか?
 ファッション性を最優先するのではなく防寒も考慮しながら
寒い冬なりのお洒落を楽しんでいる 煌龍 剛 です。


 さて... ポジティブ・シンキング、プラス思考... とは、
物事や現象を肯定的で前向きに捉える考えの傾向を示し、
世間一般的に広く推奨されている思考傾向です。

 起こってしまったことを悔やむより先を見据えて... とか、
リスクを恐れずチャレンジしたり... とか、
明確な根拠はないのに「大丈夫!きっと上手くいく」みたいな...
 逆境的状況でも心が折れない柔軟さや
挫折で自信を失ったりしない反発力となる強さにも通じる思考です。

 こうしたポジティブ・シンキングやプラス思考に関して、
反論ではありませんが、気になる部分を掲載したいと思います。

事例 (ややネガティブ傾向)
1. いつまでも悔やみ嘆き続けていたり、悲哀や憤怒から抜け出せない
 ネガティブな(ポジティブではない)自分に対して...
 「ポジティブに捉えなきゃ!」⇒「だけどポジティブになれない」
 ⇒「どうして自分はネガティブなんだろう」といった感じで、
 本末転倒というか、悪循環みたいな負のスパイラルに陥っている。
   ↑
☆悔やみ嘆き、悲哀や憤怒から抜け出せない自分を
 まず、ありのまま受け入れるようにしてはどうでしょう?
 気になることを「気にするな」と言われて、
 「はい!では気にしません」が、できるなら苦労はありません。
 それも個性として肯定的に受け入れましょう。
 無理してポジティブになろうとするのではなく、
 自分のネガティブな面も受け入れた(愛した)上で、
 適切で妥当な判断を前向きに検討することが望ましいでしょう。

事例 (無計画・無責任タイプ)
2. 「今この瞬間を大切に生きる」は、素敵な思考ですが、
 ほとんど先(未来)に備えることなく、計画をすることもなく、
 現状を検討することや導き出されるリスクを考慮することもなく、
 漠然と「なんとかなる」と思い込んで享楽におぼれている。
   ↑
☆これはポジティブ・シンキングやプラス思考ではありません。
 単に'行き当たりバッタリ'で無責任な生き方です。
 社会経験が少ない'モラトリアム世代'であれば
 多少は大目にみて許容しても良いかもしれませんが、
 それでも無知で怠惰であることは否めません。
 まして'大人'であれば、自分の未来にも責任が伴います。
 意図的に後(先)の憂いに目を伏せているのか、
 はたまた、そこまで意識が至らないのか、
 その場限りというか、芯が無いため目先にとらわれ、
 発想・言動もコロコロ変移しがちで周囲を翻弄します。

事例 (事例2.に連動した反省しないタイプ)
3. 一般的に、かなりしっかり反省した方が良さそうな
 自らが招き周囲も巻き込んで迷惑をかけたとうな状況でも、
 ほとんど自省することなく、改善を検討することもないまま
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」みたいに過ごす。
   ↑
☆何度も同じ様な過ちを繰り返す反省しない人。
 自分の非を内観する精神的な強さはもっていないのか、
 そもそも訓練や経験が乏しいために、
 検証・反省・検討・改善... などの発想がないのか、
 自分では'ポジティブ'だと思い込んでいるらしいけど、
 現実としては単に自分を客観視する能力が備わっていない。
 特徴として、不都合な状況の理由や原因は、
 周囲や他者もしくは環境や運(神秘性)のせいにします。

事例 (自意識過剰・誇大自己)
4. ①周囲(特に異性)はみんな私に魅力を感じて好きになる...
 ②着信拒否やブロックされても、
 相手の心(気持ち)を都合良く解釈して、
 きっとテレてるだけだろう...
 自分の気持ちに正直になれない(天邪鬼な)人なんだろう...
 ③自分は特別に(神様から?)選ばれた存在だから、
 何をやっても大丈夫、絶対にうまくいく...
 今に世間から称賛と脚光を浴びることになる...
   ↑
☆ストーカー気質に近いところではないでしょうか。
 自分に都合が良いようにしか解釈できないのは愚かですね。

 このように、ポジティブ・シンキングやプラス思考において、
大きな勘違いをしている人は、けっこう身近に多いように感じます。
自己完結の範囲であれば問題ないかもしれませんが、
社会生活は他者と関わることなので注意したいですね。
 事例4.のケースは、やや極端なケースかもしれません。
津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件の犯人や
ストーカー事件の犯人にも通じるところがあり、
適性な治療な必要な水準かもしれません。

 要は、今回もまたいつものように...
ポジティブ・シンキングやプラス思考も程度の問題、
バランスの問題かもしれません。


 ご覧いただきありがとうございます。
今ある幸せや日々の小さな幸せに気付く人になりたいですね。

 こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 日によって寒暖の差がありますね。
 年末の気忙しさで身体のトレーニングを後回しにして
年が明けてからも怠けてしまっている 煌龍 剛 です。


 さて... 1月17日は'阪神大震災'が起きた日で、
犠牲者6000以上の人の命日でした。

 そうした自然災害などで親や子ども・兄弟や恋人が亡くなった人が
どのように悲哀と向き合い、心の傷が癒えていくかについて、
アンケート調査した結果をNHKテレビで紹介していました。

 第1位は... 時間の経過
 第2位は... 支えてくれる親族などの存在
 第3位は... 話(相談)できる人の存在

 このようなアンケート結果に、私が感じたのは...
大切な家族を失うような残酷で悲しい出来事による
心の深い傷や喪失感に対して、結局のところ人は無力で、
時間の経過によって記憶が薄らぐ処方が重要だということです。
 その間何度も、まるで'寄せては返す波'のように、
悲哀や喪失感が満ちたり和らいだりを繰り返すのでしょう。
そうしながら、ある時は理由や原因を探してみたり、
受け入れるための意味付けを試みたりするのでしょうが、
多くの人が納得できる理由や原因・意味に辿り着けないまま
現実を生きることを課せられます。

 また、哀しすぎて、辛過ぎて...
今すぐにでも解消したい想いは理解できますが、
それができる方法があるなら誰も悩んだりしないでしょう。
 時間の経過に委ねるという方法は、
ある意味、宇宙の流れに沿うことではないでしょうか。

 それは自然災害による被害(悲哀)に限ったことではありません。
失恋、失職、失望... それぞれに悲哀や喪失感があります。
人の死に比べたら... みたいな発想で同じ土俵にあげるべきではないし
内容を比較することはナンセンスでしょう。

 いずれにしても(個人差はあるでしょうが)...
どれだけ抜け出したくても、取り払いたくても、
悲哀や喪失感が癒えるには時間が必要です。
受け入れ難い事実であっても、立ち止ったり回避したりしなければ、
時間の経過とともに少しずつ受け入れられるようになります。
もがくことも、嘆くことも、絶望することもあって良いでしょう。

 ただ... その理由や原因、意味づけを探そうとするから
立ち直ることが困難になってしまうのかもしれません。
簡単ではないでしょうが、どこかで「仕方ない」と
諦めなければならないこともあるのが人生です。


 ご覧いただきありがとうございます。
今ある幸せや日々の小さな幸せに気付く人になりたいですね。

●知足

 こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? インフルエンザが流行ってますね。
 大人になって予防接種をした記憶はありませんが、
インフルエンザに罹った記憶もない 煌龍 剛 です。


 さて... 禅や老子の教義を表す言葉の1つに「知足」があります。
どういう意味かというと...

『 「たるをしる」ともいいます。
 今のままで十分に満ち足りていることを知り、それ以上を求めない、
 欲を抑えるという意味です。 』
*引用 = 投資で成功するためのメンタルコントロール,
 http://mental815.blog.jp/archives/36683738.html,2018年1月10日

『 《「老子」33章の「足るを知る者は富む」から》
 みずからの分(ぶん)をわきまえて、それ以上のものを求めないこと。
 分相応のところで満足すること。 』
*引用 = コトバンク > デジタル大辞泉 > 知足とは
 https://kotobank.jp/word/知足-565925#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89,
 2018年1月10日

 また、「少欲知足」という言葉もあり...

『 あまりいろいろな物を欲しがらず、現在の状態で満足すること。
 欲望を全て、消してしまうのではなく、欲張らないで、
 与えられた現実を素直に受け入れること。 』
*引用 = ことわざ学習室 > 少欲知足
 http://kotowaza.avaloky.com/pv_yoj203.html,,2018年1月10日

 こうした教義は、貪り続ける人間の欲望を戒めるもので
共感と納得ができる人も多いのではないでしょうか。
幸せになりたいという欲望が、現状の幸せに気付き難くしていたり、
幸せから遠ざけてしまう可能性もあります。
欲望には際限がなく、それ故に幸せを蝕む要因になりかねません。

 少し論点はズレるかもしれませんが、
こうした優れた教義を実践するには充分な理解が必要でしょう。
そして、その充分な理解をするためには咀嚼する能力も必要でしょう。
この咀嚼する能力とは、分析・検討する力と言い換えることができます。
意味も解らないままで鵜呑みや盲信をしたところで長続きしません。

 そのためにまず、自分を苦しめたり縛り付けたりしているのは、
自らの欲望であり、その欲望を基盤とした自分の価値観にあることに
気付く(受け入れる)必要があるでしょう。
 要するに、苦しく辛いのは、他者との関係性、環境や状況、
物事の展開や結果などの影響はあるものの、
結局のところ、自分がどう捉えるかが鍵で「自分次第」です。

 人生で出会う人や出来事のほとんどは、
自分でコントロールできるものではありません。
神様か宇宙の神秘か、背景にある力が何かを知ることもできませんが、
人はそれぞれ平等・公平に、不平等・不公平があるものです。
それは嘆いても仕方のないことです。
 しかしながら、多くの人が自分の都合で過剰に求め、
それが叶わないことで怒りや悲しみを抱いたりします。
利用できるものなら何でも使え... みたいな感覚で、
神にすがってみたり、運を引き寄せようとしたりします。
 世の中にはびこる「成功法則」や「自己啓発」の多くが、
求めることこと正しい生き方のように促しています。
ある意味、幻想に踊らされているような気もします。

 また、気を付けたいところですが...
この「足るを知る」と「自分で限界を定める」は異なります。
 何かを成し遂げたり手に入れたりするには、
そして、自分を磨き成長するためには、多少の背伸びも必要でしょう。
背伸びをすることで、それまで見えなかった景色に新たな刺激を受けたり
世界が拡がったりすることがあります。
 何もチャレンジしないで「どうせ無理」とすることは、
単に怠惰か、あるいは自己肯定感が低い問題で、
知足が示す'分相応'や'身のほどをわきまえる'とは違います。

 真の幸せな人は、現状の幸せに気付き、
願望そのものに喜びを感じ、結果にこだわらない人です。


 ご覧いただきありがとうございます。
今ある幸せや日々の小さな幸せに気付く人になりたいですね。

 こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 全国的に寒波襲来という感じですね。
 今年のお正月は、御節料理を味わうこともなく、
お餅やお雑煮を食べる機会がなかった 煌龍 剛 です。


 さて... 占いCafe HERMITS(エルミッツ))では、
典型的な'オヤジ・ギャグ'の連発で、
常にボケなきゃ気が済まないようなお客様(男性)がいらっしゃいます。

 先日も女性と2人でご来店でしたが...

女性 : では、かんぱ~い おつかれ~
男性 : カツカレー、ヒラメ・カレイ、元カレ~

女性 : トイレに行ってもいい?
男性 : 執行猶予(おシッコするのを猶予するという意味)
     行っトイレ! 便器でね(元気でね)

女性 : いつもそんな感じで駄洒落を言ってふざけてるの?
男性 : 俺は真面目で... 淫行包茎やで!
 私 : アハハ、品行方正ですね。(女性がツッコまないため)

 そんなお客様の'もちネタ'は駄洒落に限りません。

 最近、老眼が出始めたのか、PCの見過ぎなのか、
視力が悪くなってきたから、夜通し暗い灯りで目を擦りながら
「視力の良くなる本」を読んでんねん! とか...

 前に「あなたは騙されやすい」と占師に言われて、
騙されたりボラれたりしないように、
その占師が奨める'魔除けの水晶ペンダント'を
20万円で買って身に着けてんねん! とか...

 職場で(社員の)通話料(電話代)が高いから、
電話かけて、長電話でコンコンと説教したったわ! みたいな...

 認めたくないところもあるけど、同じ匂いというか、
私はその男性と似たような感性かなと思ってしまいました。
 そのお客様の名誉のためにお断りしておきますが、
職業は弁護士(真実)で、専門は『自己弁護』だそうです。


 ご覧いただきありがとうございます。
愉快な毎日を過ごしすために、自ら楽しむ工夫をしましょう。

 こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? そろそろお正月ムードも終了ですね。
 今年のお正月は、御節料理を味わうこともなく、
お餅やお雑煮を食べる機会がなかった 煌龍 剛 です。


 さて... 新年この時期には、どんな年にしたいとか、
こんな願望が叶って欲しいとか、多くの人が考えるでしょう。
 今回は、そんな近い未来に思いを巡らせるにあたって
いくつかの留意点をあげてみたいと思います。

 まず、人生は思い通りではない方が多いことを受け入れましょう。
それはネガティブな発想や解釈ではありません。
自分中心に地球は廻っていないし、世の中は自分の都合で動いていません。
 そんなことは今さら言われなくても解っている... と
思う人も多いでしょう。だけど、本当に解っているのでしょうか?
思い通りではない展開や結果を嘆く人がどれだけ多いことでしょう。

 でもまぁ、そうは言っても
好ましくない展開、望まない結果を嘆くことは、
人間らしいというか、それほど悪いことでもないように思います。
 要は程度の問題ではないでしょうか。
起こってしまったこと(過去)をいつまでも嘆き続けたり、
気に入らないからといって現実を受け入れないままでは、
何も変わらないだけでなく、状況はさらに悪化するでしょう。

 で... これから先(未来)を展望し、目標などを考えるにあたって、
留意した方が良さそうなこと(私が考える)4つを挙げてみます。

 1つめは、成就するために努力を惜しまないことを誓いましょう。
できることなら宇宙や神様、開運グッズなどの力を借りて、
運を味方にしてツキにも恵まれたいところですが、
それらを自分の都合で利用することはできません。
 この場でも何度か掲載している「引き寄せの法則」や
運もツキなどは、惜しみない努力や頑張りの先にあるものです。
努力や頑張りを怠る人が運を味方にしてツキに恵まれることなど、
まずあり得ないでしょう。その種の甘えや妄想は排除しましょう。

 2つめは、どんな結果でも受け入れる覚悟をしましょう。
結果として、好ましく望ましい展開ではなかったとしても
嘆くのは少しにして、再チャレンジするか諦めるか、
そこから先にどうするかを考えることにしましょう。
 冒頭でも述べたように、自分中心に地球は廻っていないし、
世の中は自分の都合で動いていません。
思い通りの展開や不都合な展開は、
ある意味、当然の結果と言えるのではないでしょうか。

 3つめは、どちらでもいい(あまりその気がない)ことは
目標に掲げることは控えるようにしましょう。
あれもこれも... と欲するとエネルギーが分散します。
本当に叶えたい願望や目標に集中することが成就の鍵となります。
 また、夢や目標があることは素敵なことですが、
それらを掲げなくても毎日が幸せであれば良いことです。
夢や目標があることこそ幸せなのではありません。
そして、夢や目標がないことが不幸ではありません。

 最後に、夢や目標における幸せの本質は、
その道程にあることに気付くことが重要です。
成就することが幸せであれば、その道程も幸せなはずです。
 また、夢や目標、願望に向き合え幸せに気付きましょう。
選択肢としてあること、チャレンジできること...
それらはすでに幸せなことではないでしょうか。

 そんなこんな...
そろそろ「こうすれば叶う」とか「引き寄せられる」とか、
そんな俗的な次元・水準から、ステージ・アップしませんか?
 運やツキがないと成就できないことではなく、
奇跡が起こらないと達成できないことでもなく、
日常生活の中にある幸せを探して満喫しましょう。


 ご覧いただきありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 謹賀新年! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 七草粥は食べますか?
 今年のお正月は、御節料理を味わうこともなく、
お餅やお雑煮を食べる機会がなかった 煌龍 剛 です。


 さて... 今回は、実際に私が最近体験した
ちょっと腹立たしく微妙なエピソードについて語ります。

 私がコンビニに立ち寄り、支払いでレジに向かうと...
2箇所のレジ(AとB)は、両方とも先客が支払い中でした。
 私が何気に、近い方のレジAの先客の後ろに立って並ぶと、
そのレジで先客の精算をしている店員さんが私に
「あちらに(C地点)並んでお待ちください」と言いました。

 私は店員さんから言われた通りCに向かって並びましたが...
その時点で、Cには誰もいなかったので(私が3番目の支払い待ち)
一瞬「Cに並ぶ必要があるのかなぁ」と思ったりしました。
でもまぁ、そういう決まりというか、マニュアルなのだろうと考え、
素直に指示通り、AかBかどちらかのレジが開くのをCで待っていました。

 少しして、私が最初に並びかけたレジAが開きそうになると、
その近くにいた後客(4番目)は、Cで並んで待つ私に気付かない感じで、
Aのレジで支払いをしようとしました。
私は、店員が私を優先する(後客4番目をCに誘導する)はずだ
と思っていましたが、なんと!? 私の存在感が薄いためか、
店内に景色に馴染んで同化していたせいなのか...
普通に、私より後客4番目のレジをしています。
えぇ~? 順番抜かしというか、飛ばしというか、
4番目の後客は、Cで待つことや先客の私に気付いてないから、
悪くないだろうけど、店員さんはどうなっているの?と思いました。
しかも、次に来た客(5番目)は、Aレジに並んでいます。
Bのレジは時間がかかっているようで...

 結局私は、5番目の客が終わった後に、
「Cに並んで...」と私に言ったAのレジの店員に「どうぞ」と呼ばれ、
憤りにも似たやるせない想いを抱きつつレジを済ませました。

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 皆様は、そんな経験ありますか?
また、こんな場面で、どんな行動をしますか?

A. 最初に「Cで並んで...」と言われた時点で、
  今は誰も待っていないのだから、このまま(Aレジ後ろ)でいいだろ!と言う。
 ⇒ この時点で店員の支持に反論する人は希少だと思います。
B. Cで待つ私(3番目)を飛ばして、後客4番目のレジを始めた時点で、
  この〇ゲぇ~! 違うだろぉ 違うだろ! みたいに指摘する。
 ⇒ ただし、店員Aは女性で、薄毛ではなかったので、
   豊田真由子元議員の引用は的を外している感じです。
   容姿的には、メイプル超合金の「あんドーナツ」に似た感じの店員さんでした。
C. 私のレジ(結果として6番目)のときに、
 ⇒ C-1 穏やか冷静に、納得できない状況を指摘する。
   C-2 このデ〇ぅ~! 責任者を出せ!と怒り露わに詰め寄る。
   C-3 「あん」は、粒あんかこしあんのどちらが好きか?と聞く。
      「あん」と言えば、渡辺謙の娘かモデルか? もしくは赤毛か?と聞く。
      あるいは、ドーナツに掛けて「ドーナッツとるんじゃ!」とか...
      これらは、暗に「あなたは'安藤なつ'に似てますよ」を伝える案です。

 いずれにしても、どんな状況・展開・場面であっても、
身体的な特徴を否定的に捉えた暴言を発することは避けるべきでしょう。
 また、店内で罵声や大声を発した場合、威力業務妨害になりかねないし、
通りすがりのイチゲンさん的な店なら、旅の恥はかき捨てかもしれませんが、
よく行くお店だったり、ポイント・カードなどで個人情報を把握されてたり...
厄介なクレーマーとして扱われる可能性もあります。

 たとえば、後客4番目や5番目が障がい者の場合はどうでしょう?
それによく似た想定は、NHK Eテレ「バリバラ」でありました。
それは、TDLのようなテーマパーク(遊園地)で、
キャラクターと写真を撮るために並んでいたら、
順番を抜かして(飛ばして)障がい者を優先した... という例題でした。
障がい者と健常者に分れ、それぞれに意見を述べる内容でしたが、
障がい者だからといって優先すること自体が差別的だとか、
障がい者を優先したのであれば、順番飛ばしも容認するという考えもありました。
 今回の私の体験は、障がい者は登場しないため論点は絞られますが、
これが初体験ではなく、これまでにも何度か似たようなエピソードがあります。

 というか... あれこれ考えていると...
私は「運が悪かった」みたいな処理を好まないことに気付きました。
それは捉え方の問題でしょうが、さまざまな日常の出来事を通じて、
他者の気持ちになって考える'間主観性'を磨いたり、
エピソードを発展させた思考実験による'論理性'を磨いたり...
そうすることで人間性や精神性が深みと厚みを増すように感じます。
 ということは、やはり「俺は運がイイ」であり「ラッキー」となります。
たしかに、瞬間的には、憤りにも近い理不尽さ、やるせなさを感じましたが、
それらの不快を他者に与えない行動・判断は『幸せ』ではないでしょうか。
 今後も「誰がなんと言っても俺はついてんネン」で生きていきます。
何がついているのか? 守護霊か、悪霊か、生霊か... そういう「憑き」ではなく、
そんな「憑き」もあるかもしれないけど、
中山美穂ばりに ♪ツイてるね ノッてるね♪(古い?)でいきます。

 人によって、自分の不快を他者(相手)に解らせることで
満足というか、納得というか、幸せに近付くような価値観もあるでしょうが、
たとえば今回のエピソードで、店員を自分と同等に不快にさせて満足というのは、
極端に言えば、他者を不幸にさせて喜んでいることに繋がります。
そこに幸せを感じるのは、かなり愚かな発想でしょう。
人の不幸を願望することは、絶対に「幸せ」とは言えません。

 しばしば「相手(たとえば店員)の将来のため」とか理由付けして、
「指摘することが優しさ」みたいに、厳しく追及する人を見かけますが、
そこには、自分こそ正しいみたいな独善的な傲慢さが潜んでいないでしょうか。
 実は「相手のため」ではなく、言わなきゃ気が済まないみたいな、
自分の不快を理解(承認)させることが本心であったりします。
 我々は、人を裁くこと、処罰や制裁を与えることなどの権限を持っていません。
ちょっと冷たいかもしれませんが、安藤なつ似の店員に対して、
指導・教育する責任を負っているわけでもありません。
あくまでも本人の課題・問題で、気付かせてあげる義務もなく、
安藤なつ似の店員が自発的に向き合わない限り、改善も進化もないでしょう。


 ご覧戴きありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

 謹賀新年! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 連休明けまでお正月気分でしょうか?
昨年中に目標の体重に到達(5㎏ダウン)したことに加え、
年末年始の雰囲気に流されて運動を怠っている 煌龍 剛 です。


 さて... 先日この場でご案内したラジオ出演(収録)について、
聴いてくださった人から反応(連絡)をいただき、とても嬉しく感じました。

 ありがたいことに、というか、優しい人に恵まれているので、
反応は好評ですが、自己評価では反省点も多くありました。
 1つめは、占い的な視点で考えながら言葉を選んでしゃべるため、
間のところで「え~」とか「あの~」とかが多いことです。
 2つめは、もう少しゆっくり低音を意識して話す方が、
大人の男性としてカッコイイかなぁとか思いました。
テノール歌手みたいな声のトーンが理想です。
次回というか、きたるときに備えちょっと練習しようかな。

 ♪わたしのぉ~お墓のまえで... せんのかーぜーにー♪

 その他、反省点ではありませんが、標準語ではなく、
関西弁でもなく、やや広島っぽいイントネーションで話していることを
客観的に聴いて改めて自覚しました。まぁ仕方ないかな。
 ちなみに、母親の忠告は、もう大人なんだから、自分のことを「ぼく」ではなく
「わたし・わたくし」と言いなさいとのことでした。

 そんな感じで、早速ご予約をいただいたりしていますが、
1月7日(日)と8日(月・祝)の2日間は、14時~20時くらいで、
大阪 心斎橋にある占い店に特別出演する予定です。
心斎橋や難波でお買い物をしたついでに...
ミナミで会食する前に... ぜひいらしてください。

 ご予約・お問い合わせは、お気軽に煌龍 剛までご連絡ください。
09062335205 または tsuyoshi☆nalcis.jp(☆を@に変えて)

 1月8日(月・祝)は、20時から23時半くらいまで
大阪 北新地にある占いCafé HERMITS(エルミッツ)を営業します。
そちらの方もどうぞよろしくお願いします。


 ご覧いただきありがとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 こんにちは! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? 楽しいお正月をお過ごしですか?
 広島で産土の神社でひいたおみくじは「小吉」で、
芦屋の自宅近くにある神社では「大吉」だった 煌龍 剛 です。


 さて... 年末年始には、多くの人が過ぎ去った1年を振り返り、
新たな1年に対して、目標を掲げたり展望を描いたりするでしょう。

 私も毎年のように、この時期はあれこれ想いを巡らせますが、
年末には年頭の抱負をすっかり忘れてしまっていることが多く、
改めてノートなどに書き残したことを読み返すありさまです。
 でもまぁ、忘れるくらいでイイと捉えています。
前向きに考えたら、それだけ'今この瞬間'を重視する証しですし、
望んだり予定したりした通りにならないのも人生でしょう。

 そんな... 過去と未来に想いを巡らせるにあたって、
誰もが望む「幸せ」を実感することができるように、
いくつかの留意点をあげてみたいと思います。

 まず、過去から現在についてです。

 どれだけ悔やんでも過去の出来事は変えられません。
そんなことは、今さら言われなくても誰もが知っています。
だけど、知っているけど、理解できていないというか、
エネルギーの浪費というか、前向きな有意義な反省の域を超え、
自分を破壊しかねないほど過去を嘆く人もいます。
 現状に至る原因や理由を探したい(納得したい)気持ちは
十分に理解できます。好ましい未来を考えるうえで、
好ましくない現状を見直すことは必須作業と言えるでしょう。
 しかし、どれだけ原因や理由を考えたところで、
絶対的な正解に辿り着くことなどありません。
どこまでいっても主観的な検証でしかなく、そうかもしれないし、
そうではないかもしれない原因や理由です。
 過去にとらわれている人は、幸せに気付き難い状態に陥っています。
失敗であろうが、失態であろうが、起きたことは仕方ありません。

 また、全ての事象が、自己責任による因果応報の結果とは言い難く、
気の毒で、コメントできないような出来事や展開もあります。
自然災害や巻き込まれ事故などがその典型です。
それでも受け入れるしかありません。いったんは絶望して諦めましょう。
この絶望と諦めが、前を向く勇気や希望といった力に繋がります。
 世の中では一般的に '諦めるな' が好まれる傾向にあります。
たしかに、簡単に諦めていたのでは、何事も成就することもなく、
達成感を得ることはないでしょう。逃げない根性(精神力)も大切です。
こうした'粘りや執着'と'絶望と諦め'のバランスや判断は、
幸せを考えるうえでとても重要なポイントです。

 次回は、現在から未来について語りたいと思います。


 ご覧いただきありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

●般若心経

 謹賀新年! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? お正月は穏やかでしたか?
年末(師走)に比べるとややノンビリな感じで、
穏やかな正月と満月(スーパームーン)を迎えた 煌龍 剛 です。


 さて... 占Café HERMITS (エルミッツ)での会話で
お客様から「般若心経を知っていますか?」とたずねられました。
私は「一応は知っています」と答えました。
するとお客様は「願いが叶う霊力が宿っているから唱えた方がいい」と
私に勧めるように言われました。
私は「意味(内容)を熟知されているのですか」とたずねました。
するとお客様は「よく分らないけど願いが叶うらしい」と言われました。

 実際のところ私は、しばしば般若心経を写経しています。
その意味するところを知るために、一時期はよく研究しました。
今でもたくさんの本を所有しています。

・公方俊良 著,
 『般若心経 90の知恵』,1985年
 『般若心経 人生を強く生きる101のヒント』,1993年
 『心に響く般若心経』,2003年
 三笠書房(知的生き方文庫)
・名取芳彦 著,『般若心経、心の大そうじ』,三笠書房(知的生き方文庫),2007年
・藤原東寅 著,『般若心経 人生を変える「気づき」の言葉』,成美文庫,2008年
・松原泰道 著,『般若心経入門』,祥伝社黄金文庫,2003年
・西村惠信 監修,『一休さんの般若心経』,小学館,2007年
・籔内 佐斗司 著,『開運招福般若心経』,小学館,2003年
・瀬戸内 寂聴 著,『寂聴 般若心経 ― 生きるとは』,中公文庫,1991年
・三田誠広 著,『般若心経の謎を解く』,PHP文庫,2007年

 所有する般若心経に関する文庫の一部を掲載しましたが、
新書などを含めると、般若心経だけで30冊以上はありそうです。
所有する本の数と、私の内容への理解は別問題ですが、
一番腑に落ちた本は、皮肉なことに
・アルボムッレ・スマナサーラ 著,『般若心経は間違い?』,
宝島SUGOI文庫,2009年 でした。

 私は僧侶でもなく、専門家でもなく、
少しばかり本を読んで研究した程度に過ぎません。
般若心経に霊力が云々... も、よくわかりません。
 ただ、「願いが叶う」とか「奇跡を起こす」とか、
そんな俗的なご利益主義こそ「煩悩」ではないかと捉えています。
したがって、私は煩悩を絶つ目的で写経しています。

 私は... たとえば「試験に合格したい」という願いを叶えるには、
般若心経を唱えたり写経したりするよりも、
英単語の一つでも覚えるとか、試験勉強の方が重要だと考えます。
 恋愛も仕事も、対人関係も同様でしょう。
般若心経がなんとかしてくれることはないでしょう。自分次第です。


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本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 謹賀新年! アクセスありがとうございます。
ご機嫌いかがですか? お正月を満喫していますか?
新年を迎えるにあたって、年末に、いつもながら自分(自宅)で
けっこう短く髪を切って、白髪染めをした 煌龍 剛 です。


 さて... 1月1日の深夜(2日未明)にNHK-Eテレで
討論会のような番組が放送されているのを観ました。(昨年も観たような...)
大晦日から元旦にかけての朝日放送「朝まで生テレビ」とは異なり、
比較的若い人(30代くらい)が穏やかにテーマに沿って議論します。
 その番組の中で「不安」や「希望」というテーマがありました。
ご覧になった人もいらっしゃるのではないかと思います。

 そんな番組を観ながら、私は随所に一人でツッコミを入れてました。
私はテーマの「不安」や「希望」についての持論があります。

 それは、そもそも、誰でも「不安」があって当然という考えです。
生きることは「不安」と「苦しみ」の連続です。絶えず消えることはありません。
多くの場合、「不安」は'悩み'と置き換えることが可能でしょう。
 そんな「不安」に良い悪いもありません。相対的なものではなく、
他者と比べる意味はなく、「不安」の内容は人それぞれで主観的なものです。

 しばしば「私に比べたら、あなたの悩み(不安)なんて軽い...」みたいに、
不幸自慢かと思うような発言をする人を見かけますが、
そんな発想は、他者の感覚や情緒を尊重することができない典型であり、
自己中心的な傲慢さの表れだと考えられます。
世の中には、色んな考えがあることを理解できない無知な人でしょう。

 そうした「不安」は内容や質より、
どのように向き合うかが幸せを考える上で重要です。
 圧し潰されそうなくらい大きな不安(悩み)は問題ですが、
不安(悩み)が無ければ幸せということでもありません。
 適切な対応策や改善策が見出せるかどうかがポイントでしょう。
それがすなわち「希望」となります。
いくら考えても解決しないことにエネルギーを費やすのは無駄です。
結論の先送りや保留が良いケースも多々あります。

 不安があること自体を悩みとしないようにしましょう。
あって当たり前で、内容や質は他者と比べても仕方ありません。
自分の思考が不安を創造していることにも気づきましょう。
そして、実は「希望」こそが不安の原因かもしれません。


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