神霊言から一言
瞑想の喜び(瞑想によって得られるもの)
私達の生活の中で、一番大事な事は、自分の力で自分の技を磨く事であります。
人は人間として、生まれながら、自分で立ち上がる力を、自ずと持っている事を、早く気が付いて欲しいと望み、ここに書き記したものです。
人間として生まれるという事は、それだけで意味があるわけではありませんが、人間的には、より安泰する心や自分の路を探し求めていく。
そして、自分自身が、何をしていかなければならないのか。自信があるように目立つ事はしなくても、精神的に安定する心を持ち、安定するやり方や安定した優しさを持つ事により、我心を落ち着かせ、自ずからの自分の路が見えるようになります。
人間は、誰しも悲しみを持って、最初から生まれてくる訳ではありません。因縁や自分の前世においての過ちが、すべて土台となっていると言う事は、最初から判っている事であっても、それを本当に理解する人達が非常に少ないのです。
社会的に生まれた者は、どうしても社会に出なければならない宿命を持ち、存在的には役目というものがあります。人間は人に対してだけではなく、己自身の生涯の心は、せめて自分自身の満足の行く路だったと最後には思いたいものです。
結果的に、より安定したものを自分で求めるようになる為には、体だけでなく、心から安心する力と安泰する人生を送る事が出来る事は最上の心です。
ただ、そのやり方が、何故、出来なかった。出来る筈が無いと、今までいくら考えても解決の路が出来ない方には、一つの方法だけでなく、自分の“ひかる”というものを出すという方法があります。
その方法は、自分自身が、気が付いていないだけです。
自分の力というものは、わたくしを含め、誰しも最初から無いと思う人も多く、考える事も少ないでしょう。然し、瞑想という力があります。この瞑想というのは、十体(じゅうたい)と言い、精神的な安泰と共に、体のアンバランスを是正するものです。
尚、瞑想の前に、お唱え下さい。
じょうかん かんげき ほうてい あんたい
しょうあん はんかく こうこく しーがい
せいしん あんてい かんがく きょうかい
しゅうじん ていまん ほうらい ほうろう
せいしん たいがく しんじん とうみょう
ほうほう かんせい しゅうぜん たんもう
はんらく げんたん しんじん とうごう
あいかく きょうし せいしん しょうらい
にょうたん せいしん こうたん しんじゅう
げんたん らいはん しょうじん えんばく
こうがん しょうらい あんたい へんらく
きょうがい おんとう せいしん ほうらい
めいさい そうじょう けんぱく ごうてん
めいはい ろいたく びょうしゅう ぜんぱん
あんぱく けんたん しんじん しょうらい
あんたい みんしゅう あんぺき だーかん
ほーけん さんじゅう てんぱ そうば
ぴーぱ まーはー かんぱく こうてん
かんらい しょうちょう てんばく きんしん
しゅうぎょう たんてん たんはく きょうらい
かんばー たんじゅん でんたつ しゅうじゅう
げんしー さんばー らんはー かんがー
しゅうじん てんばー しゅうごう かんしゃー
でんたく そうぞん しゅうがい けんかく
しんじんとう めいそう そうきん しょうかい
この言葉は、人間がまもなく自分自身の路を開く為の心と呪文であります。
ただし、この呪文は自分自身が、素直になれた時のみ、お使い下さい。
自信があるなしに関わらず、自分の為に行なう事、それは間違いなく自分自身がよくなる為の呪文であります。ただし、己自身のわがままな心や力を出す為に行うものではありません。
ただ、自分自身がどうしても“このように生きていながら、どうしてわが身が助けられないのか。自信がないように、我身を捨てねばならない。また、自分がきつい事があっても、誰も助けてくれぬ。どうぞ、私を助けて下さい。という呪文です。
この呪文を使う場合、もう一つ条件があります。
この言葉を変えず心で念じる時、己自身の目覚めというものが開くでしょう。ただし、この開きはチャクラというものがあり、己自身が自信を持つ為のものではありません。つまり、へいせいほうごんと言い、この言葉は、かなり昔から言われた言葉でありますが、『
完成を心と願うもの、我ここにあれど、力として我心を授けられた方に問う、我はここに幸せを求め、我ここに力として持っているものは、何であるか』という心を、自分の心に問う事になります。
瞑想というものは、一体になるという意味もあり、反省を持って瞑想をされる方は、人間としての技を授けられる事となります。
しかし、人間がどうしても自分でしていかなければならない宿命と言うものではありませんが、出来る方法があります。それはじゃんてんと言います。じ、す、さん、こう、つまり、感謝の心です。
自分自身の為に行なう事をお許し下さいという意味で、反省する事が出来ない人は感謝の心で行って下さい。
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