今から半世紀前、英国のトーマス・ゴールド(現在米国コーネル大学教授)は、約150億年前この宇宙はある1点から大爆発し、(これをビッグバンと言う。)その後今に至るまで膨張を続けている、と唱えた。
量子的宇宙論で知られる英国ケンブリッジ大学のホーキンス博士は、「宇宙は今膨張を続けているが、将来のある時点で最大膨張に達する。そうすると宇宙は収縮を始める可能性がある。宇宙の膨張期には時間は過去から未来へと流れるが、収縮期に入ると未来から過去へと時間が流れる、つまり時間の逆流が起こるだろう。」と言っている。膨張期と対称になると言う事で、これを時間対称宇宙と呼ぶ。
それでは宇宙が膨張する、収縮するとはいったいどう言う状態を指すのだろうか?
宇宙は球の内側の形をしている、と唱える学者がいる。
私もそう思う。が、然し。そもそも地球とは次元の違う宇宙が、丸だの三角だのと三次元的形而学で割り切れるものなのだろうか?
これはあくまでも、「内」と「外」の違いと言う話しであって、あまつさえその内外の区別でさえも地球的概念の枠組みを出ていない訳であり、いかなる宇宙論も所詮は「仮説」に過ぎないのである。
だが、私も地球人の一員として自分なりの「仮説」
を立てたくなってしまう。悲しい性である。
私が思うに、時間と言うのは我ら地球上生物が生存中と死亡後ではそれぞれサイクルや質の違った時間流の入るのでは、と考えている。
そしてその違いを決定するものは「物質」なのか「素粒子」なのか。地球も物質であり生物の肉体もまた物質である。
私は今、肉体は物質であると言ったが、精神は物質ではない。形のないもの、或いは肉眼には見分けられないものである。
従って、精神には肉体とはまた別の時間流が存在しても何も不思議ではない。
世の中でよくある超常現象の説明も何だか納得いく説明ができてしまいそうな気がしてきた。
何かが起きてそこから「シンクロ二シティー」を感じるとしたらそれは肉体ではなく「精神」が感じるものである事を考えても、この宇宙の中には時間流はひとつの種類ではないとも考えられる訳だ。
まあこれも、あくまでも「仮説」憶測に過ぎぬ事。
死んで見なけりゃ分かんないって事ですかね。