先生と私は縁があるんでしょうか?
こう聞いたのは、先日プレセミナーに参加された方の一人。
縁がなければお会いすることもありませんよねぇ。
しかも、その日はなぜかこの方一人だけの貸切状態。
ものすごい強い縁を感じましたよ。
人は必要な縁があって、ここに出会っているのに、この現実に疑いをかけて、縁のない人とのつながりを夢想することがありますね。
よく、運命の出会いはいつ来るのでしょうか?
というご相談があります。
それは神様の繰り合わせによって、巡ってくるものですが、まさに今、その縁がつながっているのに気が付かない、というか否定すらしている場合もけっこうあるものです。
「運命」なんだからこんなもんじゃないはず!!!
と、せっかく準備されている階段を登らないんですね。
すると、次につながる縁もしっかりとつながらなくなってくる。
神様の導きも上の空でつかみきれなくなってくる。
だから今出会えているこの縁を、ひとつひとつ噛み締めながら大事にしていってほしいんですね。
出会いってことを思うとき、ゲシュタルトのこんな一文を思い出します。
―私は私のことをする。
お前はお前の事をする。
私は何も、お前の気に入るためにこの世に生きているわけじゃない。
そしてお前も、私の気に入るためにこの世にいるわけじゃない。
お前はお前。私は私。
もし、我々が、お互いに出会うなら、そりゃあ素晴らしいことだ。
もし、出会わなかったら、そりゃあ、しかたのないことさ。―