img183.jpg 他人の噂話が好きで、下世話な情報を糧に生きている女性がいる。 70歳近くになるせいか、インターネットには疎い。 AさんがBさんのことを噂すれば、それをBさんに伝え、CさんからBさんのことを聞けば、それをまたBさんに伝える。 Bさんはいい迷惑だ。 AさんとCさんの両方の食い違った情報を収集しておきながら、それをBさんに伝えることの愚かさをわかっていない。 そのうち両者から信用をなくしてしまう。 他人のことは放っておきなさい!自分のことを心配しなさい!と、言いたい。 定見のない浅はかなおばさん、読者の周囲にいないだろうか?
img183.jpg

久しぶりにファミレスでランチをとった。

200円位で飲み放題ドリンク付きだから、長時間居座る人にはありがたい。

ドリンクバーは、座席からもはっきり見えるほど大きな文字で"DRINK BAR"と書いてある。

ふと疑問に思った。

「どうして英語で書いたのだろうか」

ドリンクバーは日本でのみ通用する言葉だ。

外人が見たら違和感を覚えるだろう。

全国展開する大手のS(ひばり)グループなのだから、ドリンクバーは日本語らしくカタカナで表記したらいいのではないか。

Jアラート

img183.jpg

今朝6時、けたたましいJアラートの音で目が覚めた。

マナーモードにしていても効果(?)はなく、大音量で鳴り響くから、どんな寝坊助でも起きざるを得ない。

寝ぼけ眼でスマホを見ると「北朝鮮弾道ミサイル発射」という文字が目に入った。

「またか...」と、心の中でつぶやいた。

img183.jpg

タレントの菊川怜が、結婚して間もないのに別居生活をしているという噂が、まことしやかに流れている。

彼女の命式は、「印綬」と「正財」の並びで、比較的バランスが良い。

大運の数え17歳から24歳は、天徳合のついた「傷官」が強く出ており、頭脳も冴え、学業が伸びたことが想像できる。

問題は現在の運気であるが、大運の33歳から40歳は、「劫財」が出ている。

食神を持っていれば、劫財が吉星として働くこともあるが(劫達の命)、通常は凶星として働く。

しかも、今年は数え40歳なので、劫財の最後の年に当たる。

そういう時の結婚は、うまくいかないことが多い。

年運は「偏官」である。これも、トラブルを意味する星であり、女性には良く働かない場合がほとんどだ。

img183.jpg

ある女性が「『死後さばきにあう』とはどういう意味ですか?」と訊ねてこられた。

田舎の古い民家の壁に、「死後さばきにあう」という聖句(聖書の言葉)が書いてあり、気になったとのこと。

田村式解釈では、閻魔(エンマ)大王とは、キリストである。

イエス様は、"Emmanuel"と呼ばれた。それは、「神、我とともにいる」という意味である。

悪事をたくさんおこなった者は、地獄へ行くしかない。そういう者は、キリストが恐ろしく見える。

恐怖の大王である。

死ねば、キリストが裁く前に、自身でどの段階の霊界へ行くかはわかるようになっている。

霊界へ行ってもいきなり高い所へはいかない。

まず低い所へ行き、だんだんと高い所へいく。

自分の心霊レベルに合っところへ差し掛かると、自動的に分かるので、そこへ入っていくようになる。

心霊基準より高い霊界へ入ろうと思っても、光が強すぎて目が開けられないし、入ることは不可能である。

「死後さばきにあう」というのは、自分で自分を裁くという意味である。

肉体を中心とした地上生活では、醜いものをごまかすことができるが、霊界へ行けば白日のもとに晒されるため、ごまかしはきかない。

霊体は、心霊状態がそのまま反映される。醜いものは人間の姿をしていない。異臭を放つこともある。

そういう者たちが集まれば、自動的に地獄と化す。神様が地獄をつくられたのではない。

どんなに美しい自然があっても、そこに邪悪な者たちが集まれば、自然と地獄が生じるのである。

死後さばきにあいたくなければ、日々自身の罪と向き合い、悔い改め、邪心を剔抉していくしかない。。

新潟県には、かつて日本一の大きさを誇った高さ30メートルの鳥居がある。

弥彦神社の鳥居だが、ふつう鳥居自体にご利益があるとは言わない。

ところが、本当にご利益のある鳥居が存在している。

数日前、知人から聞いて知ることができた。

それは、(新潟市西区)黒埼インターチェンジーのガードレールの上に建っている小さな鳥居たちだ。

数十センチの高さなので、建っているというよりは、取り付けられているといった感じだ。

いったい誰が?もっとも、一般人が勝手に国道のインターチェンジに鳥居をとりつけるはずがない。

"犯人"は、国土交通省らしい。ゴミのポイ捨てがあまりにも多いので、心理作戦として鳥居を付けたらしい。

不思議とそれ以来ゴミを捨てる輩がいなくなり、道路もきれいになったとか。

本当にご利益のある鳥居である。

それにしても、ゴミを窓から捨てる連中は、人間として最低である。

車の中にゴミを置きたくないのであろうが、彼らの心の中はゴミだらけである。

車をきれいに保つ以上に、心のゴミを捨て、きれいに美しくなれるように努力すべし。