終末、末世の時代に準備すべきもの

日蓮系のK会の勧誘がすごい(決して良い意味で言ってるのではないが)。

今月も若い女性が訪ねてきて、K会が発行している新聞を置いていった。

(続く)

見ると、同じ日蓮系のS会のI氏を批判していた。

サリンを散布するような過激な団体は論外として、どの宗派に属するかは信教の自由であり、本人の自由だ。他人から強制されるものではない。

「あなたの宗教は間違ってる」とか「そこではご利益がない」とか「〇△教では救われない」と言ったところで意味がない。本人が納得していれば、第三者が入り込む隙がない。

話をK会に戻すが、そこでは末世思想がすごい。地震や飢饉、テロ、凶悪犯罪...このまま行けばこの世は滅ぶ。それを回避するには日蓮聖人の教えに従うしかない。日本国民を入信させ、ゆくゆくはその教えが日本の国教になる。

冷静に考えればおかしなことを言ってるのだが、洗脳された信者には絶対的な確信があり、誰が何と言おうと揺るがない。

だから、使命感というか正義感に燃えているのだ。彼らは真剣であり、深刻だ。

イスラム教の過激派も然りである。ジハードと思えば、平気で人を殺す。罪も無い人が巻き込まれても、洗脳された彼らは何の痛痒も感じない。共産主義も同様である。「革命」という名のもとで、どれだけ多くの無辜なる人びとが粛清されたか。スターリン、毛沢東、金日成...、彼らは何千万もの人びとを殺害してきた。いまは霊界に行って、地獄の中で呻き苦しんでいる。

今はキリスト暦2016年(A.D.は「西暦」という意味ではない)、すなわち、イエス・キリスト誕生から約2000年経った。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、この3つの宗教の祖はアブラハムであるが、キリストからさかのぼること2000年前だ。

時代的なターニングポイントを迎えていることは間違いない。なぜ救世主が必要なのか?救われたいと思っていない人には、救世主は関係ない。神様は人類を救おうと摂理されておられるが、助けを求めていない人は救えない。釈尊の言うように「縁なき衆生は度し難し」である。いくら価値ある御ことばを伝えても、馬耳東風となる。キリストの言葉を借りれば、「豚に真珠」である。

今の自分の姿に満足している者は、救いは必要ない。神様からみれば「今のままではいけない」と言いたいところだが、当の本人が自覚していないと如何ともし難い。

終末に救い主が来られると各宗教で唱えているが、自分の姿を冷静に見つめ懺悔するくらいでないと救い主と縁を持つことは難しい。頑張ればがんばるほど「まだまだ不足です」という位の謙虚さがないと、天は手を差し伸べることはないだろう。

どこまでも「自我を無くす」こと、自己中心の自分を完全に否定することが、終末時代を迎えてやるべきことの第一歩である。

以上、容易には受け入れられないと思われつつ書いてみたが、共感する方は、ぜひメールにて連絡ください。