いきなり私事で恐縮だが、今月51歳になってしまう。心は青年のつもりだが、他人はそう見てはくれない。
これが政治家であれば、「青年」で通用するから不思議なものだ。
歳を取るに従って、足腰が弱って来るのを感じる。
今日から三越に「イベント」で入るので、運動を兼ねて歩いて行った。自宅からの三越までの道のりは3、4キロだろうか。徒歩で約1時間だった。
他人の運勢を占う「占い師」の運が悪いことには証しにならない。
運動不足を放っておくと、気血が滞って体調を崩す。体調を崩せば、当然気力が低下したり、病気に罹ったりする。
まさに「運動」不足は「運」不足につながる。「風が吹けば桶屋が儲かる」よりもずっと理に適っている。
久し振りに長時間歩くと、太もも辺りが痒くなって来る。
心地よい痒みである。血液の流れが良くなってくるからだ。
帰りは、流石(※漱石さん、何故この字を「さすが」に当てたのですか?)に、歩く気力はなく、バスを利用した。
車内アナウンスが流れる「危険防止のため、バスが停まるまで移動しないようにお願いいたします」
荷物もたくさんあったし、バスが停まるまで忠実に席に座っていた。
徐(おもむろ)に立ち上がって、出口に向かおうとしたら、突然ドアがしまった。
発車しようとした刹那、
「すみません。すみませーん!」と、私。
運転手は何も言わないで、ドアを開けた。
バス賃を払いながら、後部座席まで聞こえるような大きな声で私は言った、
「『バスが停まるまで移動しないでください』と言われたので…」
運転手は「すみません」の一言もなしに、小さな声で「はい」と言っただけであった。
過去にも何度かこういう事があった。誰かがはっきり言ってあげないといつまでも分からないと思い、今日は敢えて言うことにした。
運転手はただ機械的にアナウンスを流していて、バスが停まる前に乗客が移動することを本心で願っているのかもしれない。
その方が、スムーズに運行できるだろうし…。
本当に乗客の事を考えて運転しているのだろうか?
新潟市内の路線バスはN交通が独占している。
ライバル会社が現れない限り体質は変わらないのかもしれない。
「運」の話のつもりが「運転手」で終わってしまった。