丁亥二黒年、庚戌三碧月、丙戌二黒日
私の大好きな井上円了先生の妖怪学全集の第四純正哲学部門の鑑術編に九星と家相に関する章があります。
井上円了先生は、日本で始めて妖怪学という学問を提唱しました。
この妖怪学は、妖怪現象や妖怪存在を信じる人びとに対して、科学的知識を動員してそれを否定していく研究です。
これは、たとえば、夜道であった大入道は、月影がつくった大木の陰を見誤ったものだというように、合理的に解き明かし、妖怪を信じる人びとのコスモロジ―(世界認識の体系)を破壊し、近代の科学的、合理的、コスモロジーを身につけさせようとするものです。
井上円了先生は、明治中期から大正にかけて精力的に、妖怪現象を調査し、撲滅を続けてきました。
この背景には、明治維新となり西欧の列強と肩をならべていくには、まず国民の啓蒙をはからなければという当時の時代状況があります。
しかし、実際分厚い井上先生の妖怪全集を読み解くと、(2巻が大枚7800円です)その当時、東京では、ト筮、人相を信仰するものが多く、井上先生自身探偵となり、実際に占ってもらったようです。そして、七,八分はあたるが、偶然の暗号以上のものではないと、断じています。
しかし、偶然の暗号なら、5割の確立ではないかと思うのですが、そのほか、見料の高いことなどを上げ、占ってもらう人の気がしれないとしています。
しかし、この本をみて驚いたことは、実に占いに詳しい。あくまでも撲滅のためといいながらこれだけの占いの本を読み、実際鑑定も受けに行き、そのエネルギーたるや大変なものです。
かつて小松先生が、井上先生は本当は妖怪、妖しいものが好きだったのだというのも、うなずけます。
見えない世界をどう理解していくかということをすっきりさせてくれたのは、妖怪学の小松和彦先生でした。
法蔵館から「見えない世界の覗き方―文化としての怪異」という本がでています。これは2003年11月22日佛教大学文学部が主催しておこなわれた「見えない世界の覗き方―文化としての怪異」のシンポジウムの内容を編集したものです。
シンポジウムは、京極夏彦、小松和彦らを水先案内人として人類学、民俗学、宗教学、文学の佛教大学の教授と「闇」「妖怪」「怪異」をキーワードとして日本文化の深層にせまったというとってもユニークなものです。
この本の論旨をまとめると、いわゆる科学的なものの見方というものも実は根っこの部分は確認できていなことがほとんどです。そして実際科学的な世界観の根っこにあるものは、人間が頭の中で創造したフィクションなのです。そしてこのフィクションの物語フィルターとして使うことにより、現実の世界が意味あるものとして見えるようになるのです。
たとえば、今は脳科学がブームですが実際どこまで脳の仕組みは解明されているのでしょう?
ちょっと脳科学の本を調べてみれば、実は脳の大半がわかっていないということが、わかります。
ある意味クオリアも一つのフィクションであり、物語です。しかしクオリアがより多くの現実を説明できれば、それは有用な物語、理論として幅をきかせることになります。
結局、小松先生は、妖怪も世界、人間を理解するためのツールにすぎないといわれます。
家相、方位学もこの考えからいえば、ひとつの物語で、人の運勢をよくするためのツールです。しかしそれを実行することで実際に変化がおきれば、立派な理論であり、有効なツールです。
しかしそのためには、実際に有効かどうか試してみなければなりません。
私もかつては、科学的合理的解釈ができるものしか、信じることができませんでした。
しかし実際に西洋医学、心理学を検証していくとその根っこにあるものが、こういうふうに世界を見ましょうという、ひとつのお約束、物語の上になりたっていることがわかりました。
すべてが、フィクションであり物語、ツールであったら、検証して有効なものが残ります。
私が干支九星学の鑑定で、お墓、お位牌、お線香のことを言うと、迷信めいていて信じられないという人も、多いですがまずは実行してみてください。
実行して、変化がなかったというのならともかく、迷信だからといって何もやらなければ、状況は少しも変わりません。
この本が法蔵館というお堅いイメージの佛教関係の出版社から出ているのも、佛教大学との関係でしょうが、これで1600円はおすすめ。
妖怪学はともかく京極サマフアンにも京極サマの「化け物使い」としての手の内公開もあり見逃せません。
まずは見えない世界を覗いてみることが、おすすめです。
ちなみに先週の初級講座にひき続き、明日は中級講座の日です。
あなたも見えない世界を覗いてみませんか?