へんてこりんな話なのだけれど…
神社でもお寺でもお参りするときは「○○神(仏)様の御開運と益々の御神意の発揚をご祈念申し上げます。本日のお参りありがとうございます」
って帰ってきてからあれ頼み忘れただの… なんだのって。(--;
お願いっていってもまぁあれですから、「暇だから仕事ほしい」とか、「マリ姉専属の占い師にしてくれ」ってぇのが関の山ですから…
時々怒髪天を貫く勢いに壊れて祈るのも困り者ですが…
稲荷神道で御簾の教えってありますが、私たちは肉眼では神様は見えない…
けど、神様からは我々を見ていると思えばいいわけだし、芥川龍之介の「狢」だっけ? あると思えばあるし、無いと思えば無いって書いてあるのはうろ覚えですいません…
ただ祈るだけじゃつまらないし、黒住教の黒住宗忠
師はお伊勢様の開運を祈ったということですしね。よしお金がかからない祈りといえばこれだって感覚もどっかにある。
その半面に聖天さんには困った時とかうれしい事があった時に、今日はこうでしたよ、ああでしたよ。
と、報告する。
ある方は朝起きたらまず今日も目覚めたことを神に祈るというてはったし、私は寝る前にお稲荷様とお聖天さん、弁天様たちのご縁のある神々、ご先祖様に感謝して寝ています。
別に本音と建前があるわけじゃなく、苦しい時は「お聖天様たすけて」とか、「南無今東光」って叫ぶときもある…
今東光といえば和尚の舌かなんかにサンフランシスコの大火災で唯一生き残った日本人の女性は
「天皇陛下様様、私は日本人です。お助けください」
と、祈られたといいます。私はこの話を読んで、またここに書いてて涙が出てきました。
誰も知り合いのいない異国の地で火災にあって、こころ細いなかで祈る精神の支柱は大切だと私は思います。
大分前に空念仏の話を書きましたが。私もから念仏ならぬ空題目ばかり唱えて…
まぁ死んだ跡に閻魔法王にどつかれるのが関の山なんでしょうね…