今日もブログを書けそうにありませんので再投稿記事となります。
新潟地震の被災者の方、不安な日々を過ごすこととなりましょう。
神戸大震災で全壊。家を失った罹災者の私から、お見舞いと叱咤激励を申し上げます。
「なんとかなります。なんとかなる。どうにでもなります。」
どうにかなるさと腰を据えて、鼻歌歌って過ごしてくださいね。
恋とは相手のもつ所有物、例えば、容姿、性格、才能、富、仕事、家柄などの属性に価値を感じ一時的に高揚し、
「相手に受容されたり、相手を支配すること」によって「相手と一体化したい」と願う願望であるとしたら、
愛とは「その相手がそこに存在してくれている」という事に価値を感じ、その存在があるからこそ、「自分という存在価値の認識と成長意欲」そして「相手への感謝と幸福を願い支援する気持ち」を持つことが出来るものではないだろうか。
愛を実行するためには永続的な意思を持ち、明確な決断を下さなければならない。これには様々な試練がつきまとうので、洗練された能力(スキル)が必要となってくる。
愛を実行するとは、「決断、意思、能力」を必要とされるがゆえ、たゆまない努力を積まなければならない。本物の愛を学ぶとはとても厳しい作業であろう。
「恋のよろこびは愛の厳しさのかけはしにすぎないと・・・。」
「ただ風に涙をあずけて君は大人になっていった・・・」
財津和夫さんの曲のワンフレーズですがとても心に染み入る。
(今、愛を学びながら悲鳴をあげているクライアント様達、
迷いの渦の起動がずれ「自分の軌跡をふりかえる」ことが出来てるクライアント様達、
1ヵ月サポートから卒業される皆様達。
不幸な愛など存在しません。厳しい愛を知る試練が存在しているだけです。
きっといつか、泣いてた自分を可愛いとおもえる時がくる。
だから今を精一杯生きて!!くださいね。