愛されたい・・・・。誰もが願うこと。
けれど、この感情ばかりでは愛を得ることなどできないかもしれない。
愛されようと振舞う人は誰かに救われる事を望んでる。
救いを求め救われたいと望んでるその人が、誰かを救うことなど出来ない。
愛することなど出来ない。
溺れてる人が、溺れてる人を助けられないように。。。
自らが自らの力で危機を脱することの出来る人、自らが自らを救うことの出来る人同士であってこそお互いに相手を救うことができる。
愛し合うことができるのではないだろうか。
愛するという行為は甘えの正反対側にある。
愛するということは相手を理解することであって受け入れることであって、自分を理解してもらうこと、受け入れてもらうことではない。
だからこその苦しみもつきまとう。
誰だって自分を理解してもらいたいのが当たり前で、好きな人には甘えたい・・・。
愛する人であるためには孤独に耐えるだけの強さが必要になる。
ただ祈り続けるような孤独な作業の積み重ねが必要となる。
孤独で地道で厳しい道のりを歩まなければならない。。。。
「彼を愛してる」といいながら、心の奥底では「彼に愛して欲しい」と叫んでるだけの人が多い。。。
愛とは相手にしがみついて、相手を駄目にしてしまうことではない。
相手の心の支えになりうるだけの人生を自らが創造すること。
自らが立つことが愛なのかもしれない。
注)再投稿記事です。