楽なのである。
スピリチュアルに逃げ込むことは。。。
自分の外に問題があることにして、成長する苦しみから逃避することが出来るから。
ご先祖様を祭らないからこうなっただとか、
未浄化霊が邪魔をしているとか
字画が悪いからだとか
生まれた星が とかという逃げ。。。
逃げの先には行き止まりの世界しかない。
心が成長する苦しみとは、常に未曾有の感覚と出会い、常に未知への恐怖と戦わなければならない。
心が成長すればするほど、自分の中の闇の大きさに気づき、常に孤独だということに気づく。
宇宙の中に吸い上げられるような恐怖を感じるのである。
それは死の恐怖と結びつき、個の中の闇を見ないよう何かに逃げ込む。
スピリチュアル。
それは真理を解く世界のようで、格好の現空間からの逃げの理論となる。
「霊のせいでも星の廻りとも関係なく、貴方の中の細胞一つ一つの問題、生き様の問題だよ」
そう言いたくなる時がある。
怖いけど痛いけど、前に進もうよ。
止まるために使う力と前に進むために使う力、実は同じ負荷だったりする。
止まってるだけ、堂々巡りの辛さ、もう充分味わったよね?
同じ負荷だよ。そこにいるのも、歩き出すのも。
ならば歩いてみない?
外部に意味を求めず、内部に意味を求めてみない?
リアルの世界をリアルに生きること、そして確立したスピリットをもち、スピリチュアルを嗜む。
このバランスを私は保ち続けたい。
逃げにスピリチュアルを利用しないでね。
そんな人はいつか、霊感商法の格好の餌食になりスピリチュアルに泣かされる。
注)再投稿記事です。