宗教、占い、霊能者
自立を促す事を仰り、書いている方が
宜しいかと思います。
祈祷、浄霊をはじめに持ってくる
方々は、当人の自立を奪い
不安を高め、考える能力を奪います。
当人ありきの努力、変化であり
他人が全て操作できるものでは御座いません。
霊能者や占い師は
正しい努力、選択肢を伝え
当人努力を応援すべきであり
昨今の霊感商法のように
第三者が主役となる事柄は
避けねばなりません。
おばばの霊視世界霊能者としての日常、関連、開運について書いていきます。
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May/2008
2008-03-28
自立
宗教、占い、霊能者
自立を促す事を仰り、書いている方が 宜しいかと思います。 祈祷、浄霊をはじめに持ってくる 方々は、当人の自立を奪い 不安を高め、考える能力を奪います。 当人ありきの努力、変化であり 他人が全て操作できるものでは御座いません。 霊能者や占い師は 正しい努力、選択肢を伝え 当人努力を応援すべきであり 昨今の霊感商法のように 第三者が主役となる事柄は 避けねばなりません。 2008-02-21
祈祷について
現在、午前と夜間の祈祷、供養は
可能で御座います。 随時、相談者様の状況によって 変更が御座いますのでご了承くださいませ。 2008-02-04
無料開運祈祷
わたくしは、有料でも祈祷しておりますが
鑑定を申し込みされた 原則タウン経由の方には 無料で1回のみ開運祈祷を行っております。 個別の願いとはいきませんが 良い人生を歩んでいただきたいという 思いで祈祷しております。 節分を境に運気も変化いたします。 厄払いなど受けに行かれる場合は 本日以降が宜しいでしょう。 2007-12-29
ご挨拶
今年は沢山の方々とご縁を頂き
霊視、神言をさせて頂き 有難う御座いました。 霊能者として 皆様に助力できる事が御座いましたら 命尽きるまで果たすのが役目でございます・ 宗教も押し付けも御座いません。 皆様の人生を歩むための 一時の杖でおりたいと願うエルで御座います。 2007-12-20
今に感謝
私は、元気な60代より健康ではない。
しかし、そんなことに捕らわれていたら 人生面白くない 脚が悪い、でも歩ける 目が悪い、でも見える 耳が遠い、でも聞こえる 手が不自由、でも動く なんて恵まれてるのだろう ありがたい 現役で皆の心配が出来る 手助けが出来る ありがたい まだまだ、心配される立場ではない ありがたい 今の満足 不満足は 何て事は無い 恵まれてる環境に目をやれば 自身の不満は贅沢である それは、今だから思うのであろう 若き者たちは、それに気づく 修行をしてるのかもしれない ふと思う婆である 2007-12-01
対面について
お問い合わせが多く御座いますが
現在、脚が悪く 対面鑑定を行っておりません。 若い頃は対面での霊視や浄霊に 赴いた事もありましたが 年齢には勝てず〔60過ぎ〕、逆に皆様に心配を おかけする形となりますゆえ 対面は行っておりませんのでご了承下さいませ。 2007-12-01
母の心
私は年齢も、皆さま依頼くださる方々の
母親に近い年齢で御座いますが 相談してくださる方を我が子のように 思います。 幸せになって私の元から飛び立って欲しいが 願いであり、いつまでも親元にいるべきではないのです。 その日を待ち望み、誠心誠意込めて霊視鑑定し 観音様の前に座りメッセージを頂き 託します。 2007-10-30
長期祈祷の一時停止
現在、わたくしは大きな祈祷を抱えており
専念するために、一時の開運祈祷、一時個人祈祷は受けておりますが 長期の祈祷は受付を停止させて頂いております。 先ずは、 一人を救わねばいけないという観念で御座います。 2007-09-20
この場を借りて
鑑定後の感想、報告のメールを頂いております。
有難う御座います。 感想や報告のメールを頂き ほっと安堵したり心配したり しております。 全てのメールには目を通しております。 お返ししようと何度か思うのですが 全ての方にしていては、きりがなく 霊視の時間、祈祷の時間に影響が出てしまいますので、この場を借りて 皆様のメールに全て目を通している事 感謝、報告のメールをいただけることは 大変嬉しいことをお伝えしておきます。 2007-09-08
聞こえる声
今回、雑誌の方より取材を申し込まれ、過去の雑誌を頂きました。
取材はお断りしました。 私は、あまり雑誌というものを読まないのですが 驚きました。 広告で霊能者の多いこと。 おかしい違うと霊感で感じるものの もっと、その広告に霊力を注いでみました。 すると、色んな占い師の声が聞こえてきました。 「私は霊能者じゃない」〔霊能者といえば儲かる」 「霊能者と勝手に会社の意図で付けられ困る」 「霊なんて見えない」〔自分に自信が無い」 「私は凄いんだ」と言う声 誰一人、人を助けたいという声が第一声に聞こえません。 その精神がある方もいました。 でも会社の方針で歪められておるという 状況が見えます。 僧侶は人の相談を無料で聞くべきである それが仕事であると思います。 葬儀は二の次です。 それが数万と言う料金を頂き 相談を受ける事は 僧侶と言う名を語るべきではないかと思います。 私は聖職者ではないという僻みではございません。 あまりに僧侶〔聖職者〕を語る方の 悲しい面が見えるからです。 本来の職業の志を どのような職業の方も忘れてはいけない事です。 |