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和顏(わげん)の幸せのエッセンス  幸せな人が知っていること

和顏(わげん)の占いブログへようこそ♪

幼い頃より神秘性に傾倒し、悩みや迷いの根本メカニズムの探求をしてきました。

あなたを癒すことが使命です。

2007-11-30

誰かの尺度

明るいことは良いことだ。

声が大きいことは良いことだ。

と誰が決めたのでしょうか。

鵜呑みにしているのは誰でしょうか。


暗い人、声の小さい人はいけないのでしょうか。


私は明るい人はそういう個性だと思います。

暗い人はそういう個性だと思います。

どちらが良くてどちらが悪いなどということはないと思います。


勝負の世界では、勝つことは良いことかもしれません。

しかし、忘れてはいけないことがあります。

明るい、暗い、大きい、小さい、勝ち、負け…。

これらは全て相対的だということを忘れてはいけません。

勝った勝ったとはしゃげるのは、負けてくれた人のお陰です。

単独では存在できないのです。


人を批判する人がいます。

しかし、批判する人は、批判される人がいて初めて存在できるのです。

批判していい気になっている姿は滑稽です。


高慢なのも、卑下するのも、どちらも真実ではありません。

つまらぬことにいい気にならないことです。

また、自責しすぎるのもほどほどにしましょう。


どちらも誰かの尺度に踊らされているのです。
Posted by wagen at 23:09:00Comments(2)TrackBack(0)
2007-11-30

さみしさ感覚がない

子供の頃から孤独だった人の中には、さみしさ感覚がない人がいます。

ずっと孤独だったのですから、これ以上さみしくならないのです。

と言うより、普通の人がさみしいと感じる孤独が、ずっと孤独だった人の当たり前なのです。

ですから普通の人の孤独が、孤独な人の普通なのです。

さみしさ感覚がないのです。


孤独でも平気な人を普通の人が見たら、冷たい人と思うかもしれません。強い人と思うかもしれません。

普通の人には、孤独しかない人が理解できない構造がここにあります。

決して冷たくも強くもないのです。

ただ孤独なだけなのです。
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2007-11-29

なぜ親子の関係に言及するか

私のブログは度々親子の関係について言及しています。

なぜならば、大人のあなたが抱える問題の多くはあなたとあなたの親との関係から生じている場合が多いからです。

悩んでいる多くの人は、自分の悩みの原因がよくわかっていません。

深く掘り下げて原因を追究してみると親との関係に端を発していることが多いのです。

まさか親との関係が大人となった自分を操っていたとは、とおどろくばかりです。
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2007-11-29

お腹がすいた…じゃあ…

子供が「おなかがすいた」と言ったとします。

「冷蔵庫開けて自分で何か食べればいいでしょ」
という親がいます。

確かにお腹がすいたなら何か食べればというのは正しいです。

しかし、なにか鈍感過ぎやしませんか?

子供はかまって欲しかったのかもしれません。

ちゃんと向き合って何か言って欲しかったのかもしれません。

お母さんに冷蔵庫から何か出してもらいたかったのかもしれません。

「お腹がすいた」という言葉に込められた気持ちを察することです。

きちんと向き合ってくれれば、子供は自分で冷蔵庫から出すのも平気です。

もしかしたら、お母さんが子供の気持ちを察しているのであれば、子供の目を見てうなずくだけで、子供は自分で冷蔵庫を開けるかもしれません。
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2007-11-28

そういうことじゃないんだよ

あるカップルの会話

彼女「寒くなったわね〜」

彼「そうだな。今度ストーブ買ってくるよ」

何気ない会話ですが、寒々しい光景がかくれているのです。

この彼の異常性にお気づきですね。

寒くなったから、ストーブを買ってくるのは筋が通っていますが、そういうことじゃなんです。

コミュニケーションに発展性がないでしょう。

彼女が「寒くなったわね〜」と言ってるのですから、「そうだね。何かあったかいものでも食べたらおいしそうだね」とか「こたつ出して、みかんでも食べようか」とか、二人のコミュニケーションの発展が欲しいじゃありませんか。

なんて言うか、物じゃないんですよね。思い出なんですよね。二人の関わりなんですよね。心を通わせる場面ですよね。


なにかと物とか肩書きとかブランドとか高額であることとかを持ち出す人がいますが、それは異常です。
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2007-11-28

お休みしていました

再度、病人看護のためお休みしていました。

今日からブログ再開します。

よろしくお願いします。
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2007-11-23

疲れたら

疲れたら、休む。

当たり前なことですが、あなたはできない。

無理をしてしまう。

休むことに罪悪感がある。


なぜならば、あなたは本当はその仕事が嫌いだから。

しかし、嫌いでは仕事ができないから、あなたは仕事が嫌いだということを認めない。

そして無理をする。

あなたがあなたではなくなっている証拠です。
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2007-11-22

その恋は実るのか?

この人とうまくいくだろうか、そう心配する気持ちはわかります。

しかし、ちょっと違う角度から見た方がよさそうです。

この人とうまくいきたい。

語尾がちょっとだけ違いますが、意味は大きく違います。


うまくいくだろうか、は疑いです。

たどり着く最終地点が、うまくいくかどうか疑問である、ということです。

最終地点が疑問では、すべてが疑問に向けての原因になりかねません。


一方で、この人とうまくいきたい、は最終地点がうまくいくことを願っているわけですから、すべてがうまくいくための原因になり得ます。


物事はすべて連続しています。

過去、現在、未来と続いているのです。

ということは、現在もし一見悪い状態だとしても、あまり気にする必要はないのです。

結末がハッピーエンドと想定してあるなら、その途中がどうであろうと結末はハッピーエンドなのです。


その恋は実るのか?と心配することが何を意味するのかよく考えた方がよさそうです。
Posted by wagen at 17:05:55Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-21

あなたの運命は決まっているのか

生年月日で運命が占えてしまうのなら、あなたの運命はすでに決まっているのでしょうか?

いえいえ。運命は無限の広がりを持っています。

過去はひとつですが、未来は無限のパターンになっています。

そして、この瞬間、つまり現在は無数の選択肢だということです。


未来を決めて、決めたことが実現するために今することを選ぶ。これは普段私たちが無意識にやっていることです。それでいいのです。



生年月日からあなたが知らないあなたの個性に気付ける。そう考えてみるとよいでしょう。

気付いていないがために無駄な努力をしたり、しなくてよい苦労を背負い込んだり。そういう無駄を省くことができたら効率的ではありませんか。


運命が決まっているからもがいても無駄、ではなく。

あなたが進むべき方向性を知って、その中であなたが望むことを自由に選んで、運命に後押ししてもらうのです。
Posted by wagen at 11:40:25Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-21

休んでいました

いつもわげんのブログをお読みいただきありがとうございます。

ちょっと病人が出たためお休みしていました。

また今日から鑑定復帰します。

どうぞよろしくお願いします。
Posted by wagen at 10:20:09Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-16

現実は思い込み

テーブルにみかんがある、とあなたは思っているかもしれません。

しかし、目をつむったら見えない。

ハエがみかんを見たら違う映像を見ているに違いありません。

そもそもハエはみかんだとは認識できません。

みかんがテーブルにあったとしても、あなたが気付かなければみかんの存在は無いも同然です。

みかんだと思ったら、カッパ橋で買ってきた食品サンプルだったりして。


そんなことを考えると、現実に右往左往することに冷静になれると思うのです。
Posted by wagen at 22:47:20Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-16

子供から学ぶ幸せ

小さい子が

「かけっこしよっか。ここの線からね。よーいドン!」

なんて言って楽しそうにかけっこしている。

精一杯のかけっこ。

100%のかけっこ。

ただ、かけっこをすることがすべて。

他に何もいらない。

この一瞬一瞬がすべて。



あれがない、これがない、もっとこうだったらいいのに…。

大人は余計な欲ばかり。



子供はかけっこしか知らない。

唯一知ってるかけっこ。

他のことなんか考えない。


満面の笑み。

大きな声。

無邪気な走り。

はずむ息。

手をつないで走る。

笑い声がすべてを語っている。
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2007-11-15

正当化していびる

あなたをいびる人間のことばには共通点があります。

もっともらしい理由を言ってきたはずです。

相手は自分の不正を知っています。ですから、不正を正当化するためにあの手この手の文句を考えてきます。

正直なあなたは苦しい立場に追い込まれます。

あなたが忘れてはいけないこと。

それは正当なことを言っている相手の本性は不正だということです。

あなたが罪の意識を持つようにいろいろなことを言ってきます。

あなたは流されてはいけません。

まともに相手にしたら流されます。

相手はワルなのです。


真に受けないことです。

第三者に相談することです。

またはのらりくらりと適当にあしらって、なにもこたえていないそぶりをするのです。

いびり甲斐のないようにするのです。

カモにならないとわかれば他の餌食を求めて行ってしまいます。

ワルに善人の理屈で応じるのはもったいないのです。

ワルはあなたを見ていません。あなたをいびって自分をもたせているだけです。
Posted by wagen at 17:21:01Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-15

憎んではいけない、のではない

他人を憎んではいけないわけではありません。

問題は憎んでいるけど、憎んではいけないという道徳心によって憎んでいることをあなた自身に隠すことであなたが自分を見失うことです。

憎んでも立場上憎んではいけない状況があなたを狂わせます。

夫や彼などは、本来愛しているはずの人物です。

ですから憎んでも憎んでいると自覚しずらいのです。


憎んでいるのに憎めないから、ゆがんだ方法で愛を受け取ろうとしてしまうのです。

あれしてこれして、あれ買ってこれ買って、どこどこに連れてって…キリがありません。

次から次へと要求して、さすがに相手もすべてをしてあげることができません。

そこであなたは、やってくれないことを憎む。

やってくれないことなら憎めるというわけです。

相手の人格を憎んでいながら憎めないから、行き場を失った憎しみが無理な要求として晴らされるのです。

無理な要求をして、無理だと言われて腹を立てる。

腹が立つから再度無理を吹きかける。

そしてまた無理だと言われて腹が立つ。

悪循環を起こすわけです。


素直に憎んでいることを認識すれば事態は変わるのです。

ああ、私はあの人を憎んでいる。

しみじみそう感じてみることです。

本心に気付けば、無理を吹きかけて悪循環を起こすのは無駄だとわかります。

ああ、この人は私の相手にふさわしくないと気付いたら、あなたはどうしますか?
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2007-11-14

自分の本心に気付かない理由

夫や恋人などあなたにとって重要な人に憎しみを抱いている。

しかし、あなたは自分が憎しみを抱いていることに気付いていない。

そんなことがあるのでしょうか?


夫だから恋人だから、憎しみなんて抱くことはないと思いませんか?

あなたにとって夫や恋人が頼りの綱である場合。生活がかかっている。この人がいなかったらさみしくていられない。そんな場合はたとえ憎くても、嫌いでも付き合っていかなければなりません。

あなた自身の抱えるある種の弱味を夫や恋人の存在によって紛らわしているのです。

あなた自身の問題にあなたが目をつむりたい。触れたくない問題にフタをする。

目をつむる、フタをするに相当するのが夫や恋人の存在です。


あなたが夫や恋人を憎んでいていても気付かない理由。

それは目をつむりたいことに真っ向から対決するがいやだからです。


生活のことを考えると別れられない。今さら一人になって新たな出会いを求めるのはしんどい。

となると今までどおり付き合わなければならない。

付き合うからには憎んでいる嫌いだという感情を認められない。

無理をせざるを得ない。

そして不満に満ちた生活を送っているのです。

この人なしでは生きていけないという弱みがあるために不満を表明できない。私だって我慢してるのよ!と叫びたい気持ちでいる。

不満と我慢に満ちた生活。幸せとはほど遠い、こんなはずじゃなかったという生活。


はっきり理由がわからないけど、何をやっても不満、いつも何かくやしい、気持ちが落ち着かない。

そんなときは、あなたの本心に気付くことです。弱みを認識することです。
Posted by wagen at 18:10:24Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-14

さみしさの魔

さみしいときにかかってくるセールス電話。

普段のあなたなら興味を示さないのに、つい話を聞いてしまう。

そしてセールスマンがいい人だと、段々と買ってあげようかなという気持ちになってくる。

そして、あなたは買ってしまった。


あなたは相手のこころが欲しかった。

買えばまたこの人に会えるのではないかと思った。


セールスマンは買ってくれる人に興味があるのです。

あなたに興味があるのでなく、買ってくれることに興味があるのです。


双方の思惑が違うのです。

双方の思惑が違うから、あなたたちの距離は縮まらないのです。

縮まらないのに、近づこうとするあなたがいる。

縮まらないのに…。

だからお金を出してしまう。

欲しくないものを買ってしまう。


セールスばかりでなく、出会いにも同じことが起こっています。

さみしいときに魔がさすのです。


さみしいときには、どんな風にさみしさを埋め合わせたいのかはっきりさせましょう。

さみしい原因をはっきり認識しておきましょう。

夫とうまくいかない、彼とうまくいかない。

なのに、夫や彼との関係を良くすることと何の関係もないセールスマンから買い物をしてしまう。

夫とうまくいかない、彼とうまくいかない。

なのに、夫や彼との関係を良くすることと何の関係もない偶然出会った、ちょっと素敵な人に惹かれてしまう。


歯が痛いのに、靴屋さんに行ってしまったようなものです。

素敵な靴を試し履きしてみる。

いくら素敵な靴を履いても、歯の痛みが治らない。


あなたは歯が痛いと認識すべきです。


あなたは夫や彼を憎んでいることに気付くべきです。

こころの底で、あなたは憎んでいる。

けっこういろんなことを憎んでいる。

実は、あなたは憎しみの塊ではありませんか?

それなのに、憎しみを抱いていることに気付いていない。

いや、それより、憎んではいけないと自分にウソをついている。

そのことに気付けば、あなたは自分を取り戻すことでしょう。

セールスにものらないでしょう。

性欲だけの男を見分けられるでしょう。
Posted by wagen at 10:49:25Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-12

偽りの恋でもいいの?

あなたの恋がうまくいっていないとき。

ふと横から甘いささやきが聞こえてくるものです。

あなたはその甘いささやきに心を躍らせます。

そして新たな恋に落ちるのです。

もし元の恋がうまくいっていたら見向きもしない恋に…。



元の恋がうまくいっていないがために、あなたはさみしいのです。

「たださみしい」のではなく「元の恋がうまくいっていないからさみしい」のです。

喉が渇いていないけど、この先が砂漠でコンビニもないからとりあえず2リットルのペットボトルの水を買ったという状態です。

この先が砂漠でなければ買わなかった水を買ったのです。

つまり偽りの必要、偽りの水、偽りの恋です。



喉が渇いていないのに買った水です。重いし、飲む気にもならないし…。

いずれ、捨てちゃおうかなとなるのです。

その時には全てを失います。元の恋も新たな恋も。あとには何も残らない。



恋人、夫がいて関係がとてもよい、うまくいっている時には甘いささやきに気を惹かれることはそんなにないのです。

純粋に素敵な人だなと思うだけなのです。恋したいから恋をするだけなのです。

さみしいから、この先が砂漠だから恋したいのではなく、純粋に恋したいだけなのです。

純粋な恋だから、心がときめき、肌もきれいになるのです。

そのときめいた心やきれいな肌を元の彼や夫に持ち帰るから、なおさら彼や夫が幸せになるのです。そして、あなたもより幸せになるのです。

偽りの恋とは大きな違いです。

本当の恋です。



今のあなたは本当の恋をしているのですか?それとも偽りの恋をしているのですか?
Posted by wagen at 23:04:36Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-10

じゃあどうすればいいかという話

前回の話のつづきです。

善人のあなたは悪人の中に良いところを見つけ出してしまう癖があることを自覚して下さい。

ほんの少しでも良いところを見つけてしまうと、その良いところで悪事を水に流そうとしてしまうのです。

それが間違いです。

悪人は悪人として扱わなければいけないのです。

いじめっ子はいじめっ子として扱うのです。

良い子のあなたの理屈を悪人に適用してはいけないのです。

悪人はあなたが気を遣っている部分に、これっぽっちも気を遣っていないのです。

気を遣っていないというより、気を遣う能力自体がないから平気でずうずうしいことをしているのです。

そんな悪人を善人として扱っては間違いなのです。


あなたのすべきことは、悪人は悪人だと認識することなのです。

善人のあなたは悪人を悪人と認識することに罪悪感を抱くことでしょう。

この罪悪感が運命の分かれ道なのです。

あなたがあなたであることを自ら捨てる瞬間なのです。

あなたがあなたでなくなって、悪人の操り人形になる瞬間なのです。


いじめっ子が順番を守らずに列に割り込んできたら、「そこはあなたの順番じゃないだろう!」と抗議しなければいけないのです。

あなたがあなたであるための義務です。


その場でそのいじめっ子が割り込みをやめるかどうかはわからないにしても、次回は抗議をするあなたの前に割り込むことはなくなるのです。

いじめっ子は何も言わない子の前を狙って割り込んでくるのです。

なにもあなたの全人格を見抜いて割り込んでくるわけではないのです。とりあえず割り込んでくるのです。そして、あなたが何も抗議しなければ、「割り込み可能人物リスト」にあなたの名前を記載するのです。


あなたは、蕎麦屋でたぬき蕎麦を食べようと思った。蕎麦屋のおやじが悪人で、在庫処分のためにとぼけてカレーうどんを出した。

今までのあなたは「え?でもまあいいか、なんとなくカレーも食べたかったし…」と自分を裏切って生きてきたのです。

もう疲れたでしょう。やめましょう。

「ちょっと!私が注文したのはたぬき蕎麦よ!早くたぬき蕎麦を持ってきないさい!」と言えばいいのです。

悪人おやじは言うでしょう。
「え?そうでしたか?カレーうどんって聞いたけどなあ。お客さん、声が小さいからなあ…」

まるであなたがいけないような口ぶりです。

あなたは退いてはいけません。

あなたがあなたであるために。

「さっさと作り直しなさい!それがいやなら、お金は払わないわよ!」
前払いだったら「お金を返しなさい!こんなものは食べたくない!!」と言えばいいのです。
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2007-11-09

表面は同じに見える危険

いい人と悪い人、表面は同じに見えるから要注意です。

あなたにいい事を言って接近してくる人がいますが、本音では何を考えているかわかりません。

もしあなたが満たされているなら、相手の下心を見抜けるはずです。

ところが満たされない何かがあるならば、いい事を言ってくれる人にすがりついてしまいます。

寂しいときに甘いことを言って接近してくる人をつい受け入れてしまいます。


あなたが当てにした「いい人」は、実はあなたの弱味を利用している悪い人です。

寂しいあなたは、そんなことない!と言いたくなるでしょう。

寂しいあなたは盲目なのです。


寂しいあなたが言ってもらいたいこと、それを悪い人は察知します。

そして甘くささやきます。

あなたはいい人だと思って深みにはまっていきます。


悪い相手は、あなたの寂しさを埋め合わせません。
巧妙に寂しさを残します。

あなたを利用するためです。

あなたが完全に満たされてしまったら困るのです。

常にあなたを支配下に置くために、寂しさを残しておきます。

あなたは弱くなる一方です。


悪い人は、お腹のすいた人においしい魚をあげ続ける。決して魚の獲り方を教えない。その人がいなければ魚が食べられない状態を保ちます。そうやってあなたはいつまでも弱いままでいるのです。心地良さに埋もれて…。そこに真実の愛なんてない。あなたは利用されているだけです。慰み者です。
Posted by wagen at 10:01:28Comments(2)TrackBack(0)
2007-11-08

値段で愛を確かめる?

100万円のダイヤか1000円のケーキをもらうパターン。

100万円のダイヤをもらって愛を感じる。

1000円のケーキをもらって、がっかりする。


100万円のダイヤか1000円のケーキをプレゼントするパターン。

100万円のダイヤをプレゼントしないと愛の表現にならないし、愛が伝わらないと思っている。

1000円のケーキをプレゼントしたら、なんだそんなものなのね、と言われるのではないかと心配する。


この両方のパターン、あるいはどちらかのあなたは、地に足がついていません。

なぜ地に足がついていないかと言うと、やることなすこと浮ついているからです。

誰かが決めた価値を自分の価値だと勘違いしているからです。



例えば、路傍に咲いたタンポポを二人で見つけて、まあきれいとか可愛いらしいとか語りあったりする、そういう思い出の積み重ねが愛を感じさせ愛を育むのです。

街で見つけた小さな料理店に入って、ああ美味しいとかこの店失敗だったね、とか語ることで二人の間の愛が深まるのです。

もっと言えば、ただ手をつないでいるだけで幸せを感じる感性が愛の素なのです。


別に100万円のダイヤや1000円のケーキを買うなとかプレゼントするなとか、もらって喜ぶなとかがっかりするなとか言っているのではありません。足が地についていますか?あなた自身を生きていますか?と言っているのです。

「ちゃんと金入れてんだから文句あっか!」というあなたの夫をどう思いますか?

「せっかくの記念日にこれなの?」というあなたに幸せが訪れますか?
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2007-11-07

触れたくない問題がある

こころに触れたくない問題をかかえていると、人生の歯車が狂ってきます。

触れたくない問題を避けるために、したい質問もできません。

本当に訊きたいことをズバリと訊けないので質問が相談相手にダイレクトに届きません。

勘のいい相談相手なら、この人何か隠してるなと感じます。

隠しているということは、相談相手の自分を信頼していないなと悟られます。信頼されてないなら適当に付き合おうということになります。

また、隠し事のあるあなたは、触れられたくない問題に触れないで表面上気持ちよく接してくれる人をいい人だと思いこんでしまうのです。

気付くと周りには表面でしか付き合ってくれない人ばかりになっています。

表面でしか付き合ってくれないからと人を遠ざける。

そうやって孤独になっていくのです。

孤独になればなおさら人が寄り付きません。

そして世の中を恨んだりします。


すべては自らの勇気の無さ、向き合わなければいけない問題から目をそむけてその場しのぎをしてきた自らのツケなのです。


愛された経験がないから、本当の自分では相手にしてもらえないと思い込んでいるのです。

愛のある人を見つけることです。

そのためには本当の自分をさらけ出すことです。

それさえできれば、近くに愛があふれていることがわかります。
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2007-11-06

究極のひと言

究極のひと言を求める旅。

この旅の終着点は

究極のひと言などない

と知る場所。


究極のひと言などないと思い知ることによって

創造的になれる。

自分で決めて、やって、改良する。

それしかない。

このプロセスによって上昇していくだけです。
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2007-11-05

寒いときに簡単においしく体を温める方法

関東南部もだいぶ秋が深まってきました。

つま先が冷たくなってしまいます。


寒くなってきたので、簡単においしく体を温める方法をひとつ。

おいしいくて簡単な中華スープはいかがですか。

材料

しょうが

長ネギ

中華調味料のウェイパー
(赤い円筒形の容器に入ってスーパーで売ってます。もちろん横浜中華街にも売ってます)


しょうがは細い千切りに。

長ネギは白髪ネギにしておきましょう。

ああ、そうそう!長ネギを白髪ネギにするときは長ネギの芯の部分は使わないこと。あれは棒状ですから白髪ネギには適していません。無理に千切りにしないで他の料理に使いましょう。


鍋に適量のお湯を沸かします。

しょうがと白髪ネギを入れます。

すぐにしんなりします。

あとは、ウェイパーを入れて出来上がり。



しょうがの風味がぴりっとして体を温めてくれます。
Posted by wagen at 13:27:56Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-04

求めることとは

求めると、求める状態が実現します。

つまり、求めれば求めるほど、求め続けなければならなくなるのです。

実際に手に入ってしまえば、もう求めないのですから。



求めていなくてもすでに手にあるものを追求してみるのです。

それはあるものに気付くプロセスです。

ないものを見つけようとしていると、ないものを見つける状態がずっと続くのです。

いくら探してもないのですから、見つからないのです。



求めているものを求めなくするという選択もありです。

今まで求め続けていたことを求めなくなると、やがて新しい目的が現れます。

心が空っぽになることはないのです。


迷っている人は迷っているから迷っています。

迷っていない人は迷っていないから迷っていないだけなのです。



できないことはしなくていいのです。

求める状態があまりにも永く続く場合は、求めるものを変えるときでもあるのです。



育たない作物を育てるより、あなたの畑で勝手に育つような作物を栽培した方がスムーズなのです。



立派な理由は、実はないのです。

好きになるのに理由がないのと同じです。

ただ好きになったというだけで十分なのです。
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2007-11-04

コップはコップか?

あなたの食卓にコップがあります。

それは本当にコップですか?


コップにジュースを注いだら、確かにコップでしょう。

では、コップと思えるガラスの物体に鉛筆を立てたら?ペン立てになります。

花をさせば花瓶です。


テーブルは本当にテーブルでしょうか?

食事をのせれば確かにテーブルです。

では、布団をしいたら?

ベッドです。


そんな風に考えると、物の本質とは「目的」であると言えます。
Posted by wagen at 02:37:59Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-02

水の味

水にはほとんど味がありません。

つまり、我が無いのです。

そのおかげで、お茶にもコーヒーにもなれるのです。


余談ですが、キーボードのスペースキーを押すと空白ができます。

しかし、スペースキーを押したところには、空白(スペース)というものが有るのです。


水には、味がないという味がある、ということです。

つまり、我が無いという我が、有るのです。
Posted by wagen at 17:07:52Comments(0)TrackBack(0)
2007-11-02

花の種を蒔いて育てる

百日草という花の種を蒔きました。

3か月くらい前のことだったでしょうか。

毎日水をやり育てました。


やがて芽が出て茎が伸び葉っぱが出てきました。

ところがそれから一部が枯れてしまいました。

台風の風で茎が折れたりしました。

育て方の説明書きがなかったので、水をやる程度で他になすすべもなく…。

土が乾かないように水やりだけは欠かしませんでした。

それでも、なかなか花が咲きません。

一部は枯れてしまったし、もしかして栽培失敗かと思いました。


ところが一つ小さな花が咲いたのです。

一つ咲いたと思ったら、次から次へと咲き始めました。

色も形も大きさも違う花が次々と咲いています。


現在は散った花もありますが、これから咲こうというつぼみもあります。

もうダメかと思いきや、次々と花が咲いて心を和ませてくれます。


結果論ですが、もうダメかと思う状況でもちゃんと育っていたのです。

なんだか励まされる体験でした。
Posted by wagen at 14:17:19Comments(0)TrackBack(0)
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