社会生活には協調や妥協は必要です。
しかし、迎合はあなたを傷つけます。
ありのままのあなたでは受け入れられる自信がない?
でもどうでしょう?
ありのままではないウソのあなたが受け入れられることにどんな価値があるのでしょうか?
ウソのあなたでは、受け入れられても意味がないのでは?だって、それはあなたではないのでしょう?
迎合していると、ますます自信をなくしますよ。
A地点からB地点へ行くには、Aを手放さなければならないのです。
Aを捨てることは不安なものなのです。あなただけが不安なのではなく、誰でも不安なのです。
仮にネコをかぶって相手に受け入れられなかったらどうしますか?
踏んだり蹴ったりではありませんか?
自信をなくし、恐怖が増し、未来への希望もなくなります。
どっちみち受け入れられるかわからないのなら、ありのままのあなたでいましょう。
拾う神は必ずいるものです。拾う神と出会うまで続けるのです。
途中で出会う捨てる神は相手にしないことです。
ありのままのあなたを、もし誰も受け入れてくれなかったら…。
その時は…、
あなたがありのままでいる限り、
あなた自身があなたを受け入れてくれるのです。
そうなんです。あなたがあなたを受け入れるのです。それが自信です。
勇気を出すことをおこたる人は、人をねたみます。
いつまでもグチグチ言い続けます。頭痛がするのに目薬をさし続けているようなものです。
あなたのするべきことは、ねたむことではなく、勇気のない自分に気付くことです。
迎合する人、ねたむ人は勇気を出さない人です。自分を信じていない人です。
勇気を出さないから自信がつかないのです。
勇気がないのではなく、勇気を出していないのです。
勇気は得るものではなく、出すものです。