何かを始めるのにどの方角がいいのだろう?
何月何日に手紙を投函すべきか?
どういうセリフで声をかけたらいいのか?
何回目のデートで手をつなぐのがいいのか?
などなど。
そういう思考パターンにはまっている人がいます。
リモコンで相手を動かしたいか、手を触れなくて済む念力でも使いたいのでしょうか?
手さえつなげれば、相手の気持ちなんか関係ないのでしょうか?
どうアプローチするかではなく、どんなアプローチでもいいからアプローチすることを避けてはいけないのです。
何回目のデートで手をつなぐべきかではなく、何回目かにかかわらず、受け入れてくれるかもしれないしふられるかもしれないと気付くことです。
伝えるべきことを伝えないでXXできたらいいなあと考えていることに気付くことです。
いつ投函するか、いつどこで買うべきか、というより、「懸賞応募や宝くじで一等を当てたい!いや本当はこの一通のはがきで、このお金だけで当てたい、はずれたくないと思っている」ことを自覚することです。
そう自覚できれば、「ああ、たった一通で、たった300円で当たることはまずないだろう。ならばいつでもどこでも気楽に投函すればいいし、どこの売り場でもかまわない」とわかるのです。
プロセスを踏まずに完成品を見せるように生きているのです。変です。
別の言い方をするとセクハラのような生き方です。
プロセスがなくていきなり、手を握ったりする。
だから、何回目のデートで手をつなぐべきか?なんて迷うのです。
どうしたら痩せられるかしら?
ではないのです。
痩せたいけど、食事制限はいや、運動もいや、ビール我慢できない、と思っていることを自覚するのです。
ああ、それじゃあ痩せないわね、と心底自覚することです。
本当に、本気で痩せたければ、食事も喉を通らないことだってあります。だから、本当に痩せたいなら、どうしたら痩せられるかなんて悩まないのです。
完成品を見せるように生きているとは、本当はなにもやる気がないことを自覚することです。
実は完成品なんか無くて、原料だということを知ることです。
原料だから、形もないのです。完成品ではないのです。作るしかないのです。プロセスを踏むように生きることです。
もしかすると原料を何にしたいのかをまず決めることからかもしれません。