たとえ話です。
食卓に奥さんの作ったカレーライスが上がったとしましょう。
さあ、今夜の食事はカレーライスか?というお話です。
他人との日々のかかわりの中で、他人の発した言葉や態度に一喜一憂するものです。
しかし、もしかしたらあなたは他人の表面に惑わされて余計な気遣い、気苦労をしているのかもしれません。
食卓にカレーライスが上がった。
ああカレーライスだと思えば思えてしまうのです。
しかし、
カレーライス?カレーライスは作るのが比較的簡単だ。もしかして妻(作ってくれた人)は疲れているのではないか?
と思うこともできるということです。
問いただしたら、やっぱり疲れていた。ならば一見カレーライスに見えるカレーライスが実は疲れであるということです。
キレる子供、不機嫌な夫、子供をかわいがらない母親、借金、DV、ギャンブル…。一見そう見えるのですが、実は何なのでしょう?
カレーライスが疲れに見えれば、おいしい!という一言をかけてあげたくなるのではないでしょうか。
後片付けは私がするからあなたは休んでね、と言ってあげられるのではないでしょうか。
カレーライスを作った人は、簡単な料理で自らをいたわりました。
しかし、あなたから寄せられた関心が、あなたが気付いてくれたことが、簡単な料理以上に疲れを癒したかもしれません。
表面にかくれたものを見抜くとき、あなたは余計な不安から開放され癒され、同時に相手を癒すことになるかもしれません。