富士山の頂上に10キロメートルの長いロープを結び付けたとします。
仮に反対側の端っこが樹海にあったとします。
このロープがどんなにクネクネ曲がっていたとしても、たぐっていけば必ず富士山の頂上にたどり着きます。
何が言いたいかと言うと、先に行き先を決めてからことにとりかかる思考がどうしても必要だと言いたいのです。
行き先を決めていないと樹海の中で方位磁針も利かないし迷ってしまうのです。
しかし、足元のロープは富士山の頂上に行くために予め富士山の頂上に結び付けてあるのなら間違いなく富士山の頂上に行けるのです。
どんなに曲がっていようと、どんなに長かろうと、必ず富士山の頂上に行けるのです。
行き先を決めないということは、行き先を決めないということを決めているという、おかしなことになるのです。どこにも行かないと宣言していることになります。
どこにも行かないと宣言しながら、どこにも行けないとなげいている人がいるのです。
こういうことを言うと、どこに行きたいのかわからないから困っているのだという人が出てきますが、その話は別の機会に述べさせていただこうと思っています。