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プロの占い師が集う[占いブログ]



鑑定会社時代の思い出

2007-04-29

 とうとうゴールデン・ウィークに突入しましたが、皆さんはいかがお過ごしですか?私は、昨日の日中は仲良しのクライアントさんと温泉施設へ遊びに行ったものの(夜帰ってから9時から深夜の2時過ぎまで鑑定でした、、、疲れた・・)遊びや遠出のプランは何も立てておらず・・・仕事しようかなと思ったけれど休みで楽しんでいる人たちが羨ましくなり、ちょっぴり後悔しています。明日は久しぶりに両親が竹の子とワラビを持って家に来てくれることになっていますが、、、。

 最近は、よく昔のことをしみじみ思い出していますね。重い話になりますが「死にたい」「自分はもう駄目」と考えてしまったことも大昔は何度かありました・・実家も貧乏だし、学歴も2流公立大卒、大学院も中退してしまい、、養ってくれる人もいなかったし、病気にもなったし、仕事も転々としてうまく行かなかった時期もあったし、、コンプレックスもたくさんありました。でも今、占い師として独力でそれなりに成功しているのが奇跡かもしれないと思うこともあります。自分に全く自信がなかった私ですが、この頃はようやく「自分って強いんだな」と考えられるようになりました。あと神様の存在も信じるようになりました。

 よく「先生はどうやって食べていける占い師になったのですか」と聞かれることはあるのですが、鑑定経験をたくさん積ませてくれた鑑定会社のおかげでもありますが、そこでの日々は今、振り返れば平坦ではなく、むしろ命がけと言っていいものでした。

 その会社はお給料や手当てなどはランクによって決まるのですが、多分、オーディションの成績がかなり良かったので最初から普通の新人のランクより2階級上のランクからスタートしたのです。初日から8,9件、仕事が回されてきて次の日には早速、指名が入り、受付の方から「安心しました。受付も喜んでいます」というお手紙をもらう、、という幸先の良い始まりでした。何日か経つと「社長が霊感も鑑定能力も本物の鑑定士が来た、と言っているから頑張ってね」と受付から言っていただき、そして3ヶ月の研修期間が終わると会社のHPに写真と私の書いた文章が載り、2,3日経つとそれを見た人たちから指名が殺到して非常にビックリしました。自己紹介には「誠実にユーモアをもって鑑定する」「余り情報がなくても霊感・霊視で鑑定する」と書いたのです。あと皆が読んで吹き出すような小話も書きました。そして半年後には「新人は1年、ランクが上がらないことになっているけれど社長が特別だからとおっしゃっているから」と1ランク昇格しました。

 鑑定会社での日々は、一見、順調に見える流れだったのですが、鑑定は本当に大変でした。とにかくどんなお客さんでも鑑定したのです。同じ話や質問をし続けるお客様に言葉を変えながら同じ答えを2,3時間喋り続けたこともあり、あと時々あったのが自分のことは一切言わずに「私の生まれてきた使命は何ですか、教えてください」とだけ聞いてくるお客様相手に2,30分、相手を納得させながら鑑定するというハードな経験でした。アプローチとしては相手の前世を見たりして、今の人生にかけていることを霊視し、アドバイスするというスタイルだったのですが・・お客様の名前と誕生日しか受付で聞いていないし、質問も抽象的だし、お客様も何も言わないので、自分では当たっているのかどうか分からないまま喋り続けるということもよくありました。しかしセット料金ではなく1分幾らの会社だったのですが、すぐ切られたことは殆どありませんでした・・・(現在、そこまで求めてくるお客様はいないので本当に楽になりましたが)。

 今思い出しても笑えないのは、精神的にかなり危ないかも??という感じのお客様から連日指名が入り、私もある程度真剣に相手の話を聞いていたのですが、こちらも次第におかしくなってきて狂いかけて、半日、仕事を休まされたこともあったのです(夜には正気に戻り、仕事に復帰しました)。占い師は精神的に危ない人の鑑定をしていると自分もおかしくなってしまう場合があると後で派遣会社のアドバイザーの人から聞いて「気をつけよう」と思ったのですが、おかしくなりかけて正気に戻ったときには本当に怖かったです。

 どんなお客さんでも余り断らなかったせいか、何だか毎週、毎週、強烈な人が回されてくるなあ・・と思っていたら、受付が他の先生が断っているお客さんを全部、私に回していることが後で分かったこともありました(2,3ヶ月くらい、気がつかなかったです)。

 夜の2時から朝の7時過ぎまでトイレにも行かず、ひたすら5時間以上、霊視し続けて喋ったこともありますし(あのお客さんの鑑定代金は5万を超えましたね、クレジットカードで払ったみたいでしたが)仕事は本当に、本当に過酷でした。会社とお客さんの両方の要求に応えるというのは辛かったですね。体力的に、35歳でまだ若かったので出来たのでしょうね。

 会社では必死で働きましたし、プライベートで苦しいことがあってお客様には分からないようにしましたが、涙を流しながら鑑定していたこともありました。あの頃は仕事と恋愛していたのかもしれないと今、振り返ると思います・・・。

 

Posted by yajima 22:28:45 │Comments(0)TrackBack(0)

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