アメリカに渡米してすぐに現地のハイスクールに入学しました。
英語はまったく話せません。ネーティブが話す英語はまったく聞き取れない状況です。
けれど、当時のアメリカンハイスクールに通う生徒は、白人が50%、黒人が40%、残りの10%は、英語があまり話せない人たちだったのです。
アメリカは移民を受け入れていて、フィリピン、ベトナム、カンボジア、中国、韓国、プエルトリコ、メキシコなど、様々な国から移住してきている人たちが少なくありませんでした。
なので、英語がしゃべれない人が10%くらいいたのです。
日本人はだいたい1〜3名程、肩身がせまかったですね。
そのような事情背景があり、アメリカ政府は、移民の学生のために通訳の先生をそれぞれ派遣してくれていたのです。
ベトナムの生徒にはベトナムの先生が授業中に通訳して学業が遅れないように配慮してくれていたわけです。
ベトナムや韓国は生徒数が多く、その先生がクラスを持って勉強していたりしましたが、日本人は一番少なかったので、アメリカ人に混ざって授業を受けなければならず、授業について行くのが大変です。
通訳の先生は一人で生徒をかけもちして通訳するので、クラスが別々になると、通訳してもらえなくなることもあるわけです。
そのような時に、ボランティアで白人の先生がついてくれて、授業中に辞書を引いてくれたり、解らなかったところは、放課後に補習授業をしてくれて、マンツーマンで勉強を見てくれたのです。
そのボランティアの先生として学校で出会ったのが、レスリーだったのです。
彼女は占いにとても詳しく、知人や友人をボランティアで占い評判になっている女性なのでした。
タロットやホロスコープ、黒魔術的なおまじないの知識がとても豊富でした。
霊感があり、子供の頃から予知夢や予言を的中させてもいたようでした。
日本のタロットを持参していたので、私とレスリーはすぐに意気投合するようになり、プライベートの時間を一緒に過ごすようになったのです。
レスリーは60歳を過ぎていたけれど、まるで友人のように親のように、私にさまざまなことを教えてくれたのでした。
レスリーとの出会いでますます占いの知識が深まり、身近なものになっていったのでした。
(続く)