不倫の恋はいけないこと、と言われておりますが・・・」という記事を掲載しました。その記事に関連して追記したいと思います。
不倫の恋は、欲望のコントロールができない人、意志の弱い人、とおっしゃる方がいらっしゃいました。
けれど、欲望のコントロールがきかない、意志が弱い、煩悩があるのが人間なのではないでしょうか。
不倫の恋をしている人に限定して言えることではないように思うのです。
例えば、ダイエット、煙草、お酒、ギャンブルなどなど、止めたくても止めれない、抑制がきかないことを経験したことがある人は少なくないことでしょう。
欲望と感情のコントロールができるようになることこそ、悟りを開くということなのでしょう。けれど、それを実践し修得た人物と言えば、イェスキリストやお釈迦様ということになりますでしょうか・・・。
理想の愛と言えば無償の愛。けれど、それを実践することの難しさは誰もが知るところでしょう。大事なことは、無償の愛は頂上ですが、そこを目指して一歩一歩、小さな愛を表現する、誰かを愛することで、やがて理想の愛を経験できるように、たどり着くことにもなるのではないかと思うのです。
理想通りには、なかなか生きられないのが人間であり、理想を目指して歩む一歩一歩の経験に学びと成長があるのではないかとも考えます。
話しは飛びますが、先日の24時間TVで障害を抱えた方たちが出演されていました。その映像をたまたま一緒に観ていた方が、「可哀そうに・・・」と呟いたのです。
けれど、障害を抱えている方は、むしろ健常者よりも逞しく果敢に一生懸命生きているように感じて、むしろ、可哀そうというよりも立派で頭が下がる、という思いがしたのです。逆に叱咤激励されているような気持にもなりました。
明治や大正の時代では障害のある方は、なかなか外出することもままならず、世間から隔離されていたような状況でしたが、今では積極的に表に出て人々に勇気と感動を与える存在にもなっているのではないかと感じます。
目線や価値観の違いで感じ方もさまざまということなのでしょう。どちらが正しいとか悪いということではなく、人それぞれの考えや感じ方は違うものであり、時代の移り変わりでも、常識や法律も大きく変わるものでもあります。
今は正しいとされていることが、悪いとされて、悪いこととされていることが正しいとされる時代がくることもあるのではないか、と思うのです。
法律とか常識、あるいは世間で正しいとされていることが正しい、と決めつけすぎず、内なる声、魂の叫びに耳を傾けて、自問自答しながら考えることも時には大切ではないかと思うのです。