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山本梨花子のツキと恋の魔法ブログ

集英社Be文庫「ツキと恋を呼び込む魔法」著者の占いカウンセラー山本梨花子です。
開運エッセーや日常のつぶやきを綴ったブログです*^_^*

2008-02-11

アメリカでの孤独

39521.jpg アメリカで暮らしていた頃、私だけがアメリカの家で1か月ほど留守番をした時がありました。

他の家族は日本に一時帰国していて、すぐに戻る予定だったのですが、家族が病気になり戻れなくなってしまったのです。

まさか1か月も家族が帰らないことになるとは、予想していませんでした。

毎日、明日は帰ってこれるのかな?と国際電話を待っておりました。

その当時は国際電話は割高で、ちょっと話しただけで数万円の請求がきて、度肝を抜かれたものでした。

ましてや、メールなどという便利なものはなかったので、ひたすら手紙を書いて郵送するのみ。

手紙を書いて返事が来るまでには、最低でも2週間がかかります。毎日、郵便配達の人が来るたびにポストに手紙が届いたかとチェックするのが、楽しみなほどでした。

けれど、手紙がないと、落胆して、がっかりしていましたっけ。
当時私は10代でアメリカンスクールに通っていて、夏休みになったばかりでした。

学校に行かないとなると、することがほとんどありません。

毎日することがないほど退屈なことはありません。

アルバイトで1日働いてみましたが、あまりの大変さにすぐに辞めてしまったほどです。

けれど、生活する家もあり、生活費は口座にありますから、切羽詰って働く必要性がなかったのです。

一人で家で過ごすことが多くなり、図書館へ通っては、(アメリカの図書館では日本語の本を貸し出していた)本をたくさん借りてきて読みふけっていたものです。

好きなだけ本を読み、好きな時に食事をすませ、誰とも交流をもたないでいると、悩みはほとんどできません。

つづく・・・
Posted by yamarika at 15:58:26Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-11

アメリカでの孤独2

39522.jpg 誰かと交流を持つから、悩みの種が生まれるのだとその時気付きました。

働く必要も学校へも行かず、好きなことだけして過ごしていると、悩みがないのですが、何かをする目的も見えなくなることが分かりました。

つまり、おしゃれが楽しめるのは、人と係るからこそ。誰かが嫌いとか好きだという感情は、人とかかわっているからこそなのだと。

人生を振り返ってみると、あの日の思い出は一番キツくシンドイ日々でした。

仲の良い友人は、夏休みで出かけてしまい、家族も日本にいる状況に、あきあきしてきて、ロスへ一人旅をしてみました。

一人でロスのディズニーランドに行き、リトル東京やハリウッドへも観光に行きました。

けれど、孤独が深まったばかりでした。

悩みがあることは素晴らしいことなんだ。

悩めるということは、恵まれていることなのだ。

出来事が何もない毎日を過ごしていたら悩みすら持てないのだ、と気づけたのです。

腹が立つ人であれ、交流をもてることの素晴らしさを実感したのです。

家族と再会した日のことを今でもハッキリと思いだします。

誰かと過ごせる時間は、悩まされていても、本当は素晴らしく価値のある時間なのですね。

あの日にだけは、二度と帰りたくない!と今でも思うほど、孤独で退屈で希望のもてない日はありません。

今は心から生きていて幸せだと感じます。

だから、悩みがあることの幸福に気づいてほしいと思います。
Posted by yamarika at 15:57:12Comments(1)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-07

彼のいないみじめさ・・・2

39326.jpg ところが昨日までラブラブだったカップルが突然別れることも少なくなかったのです。

毎日べたべたしていた二人がある日から離れて別行動を取るようになっているのを観察しているうちに、モテる女性の特徴というものが見えてきたのです。

日本にいたころは、何も考えず意識してカップルを観察することなどありませんでしたから、モテる秘訣などということは、解らなかったのです。

というより、考える必要がなかったわけです。

理由もわからないまま彼ができてモテていると、人間というのは、観察したり工夫したり努力する、ということをしないわけなのです。

アメリカでのみじめな体験からモテる秘訣やコツというものがつかめたことは貴重な体験でした。
本を出版する上でも占いの仕事でも役立っています。

白人は、日本人の美貌とはケタ違いで、同じ人間とは思えないほど、美貌に恵まれた女性がいるのです。

けれど、彼が次々と変わる人が多いので不思議でした。
そして、すぐに新しい彼ができるのですが、短命の恋になることが多いのです。

分析したり観察することで見えることは非常に多いものです。

自然に声がかかって、モテている間は、その深い意味が見えないもののようです。

モテない時期こそ、モテたい!とかモテるにはどうすればよいのだろう?と磨かれるもののようです。

その後、ハイスクールを卒業してカレッジに進んだのですが、日本人の留学生がたくさんいて、まるで日本の学校にいると錯覚するほどでした。

けれど、その後、ハイスクールのクラスメイトがアーミーに入隊してドイツに派遣されることを聞かされて、私はアーミーの試験を受けることにしたのでした。

(つづく)
Posted by yamarika at 17:52:15Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-07

彼のいないみじめさ・・・1

39316.jpg 自分で言うのもなんですが、恋愛に不自由したことは少なく、どちらかと言えば、苦労せずにモテている方でした。

ところが、アメリカのハイスクールに通い始めてみると、まったくモテなくなってしまったのです。

日本人がいない環境とはいえ、彼がいなくてどんなに肩身の狭い思いをしたことか・・・。

今までにない屈辱やみじめさを味わったほどです。

特にアメリカは、日本と違って夫婦、カップルの単位でパーティに参加することが盛んで、彼がいない身の上はつらいものなのです。

しかも、ハイスクールではダンスパーティなるものが開催されても、ダンスホールで踊れるのは、男性に誘われてエスコートされた女性のみ。

男性に声をかけてもらえなければ、壁の花となり、カップルで踊る人たちを羨ましく眺めているのみ。
とっても残酷なんですよ。

日本でクラブで踊るときは、男性に誘われなくてもだれもがダンスホールで踊れますから、それなりに楽しめるのですが、アメリカではそれが許されないのです。

心底彼氏がほしい!と思うようになるわけです。環境が一人でいることが悪!という雰囲気なのです。

しかも、アメリカのハイスクールは大学のように、クラスを自分で選択できるので、カップルで同じクラスの授業を受けるわけです。

イチャイチャラブラブで、事業中なのに、彼の膝の上に乗って、ディープキスをしているわけです。

でも、先生はまったく注意せず!
他の生徒たちもまったく無関心でしたね。
驚いているのは私くらいでした。

学校内のあらゆる場所でカップルがハグしたり、キスしたりで、彼がいない方が不自然な雰囲気なのです。

(続く)
Posted by yamarika at 14:39:53Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-05

不思議な出会い6

39240.jpg アメリカン ハイスクールに通って感じたことは、先生方が、フレンドリーであるということでした。

規則もほとんどありません。
私服で学校に通っていましたが、おしゃれを楽しむ生徒は少なくありませんでした。

私も日本から持って行った洋服を着てファッショナブルに学校へと通っていたものでした。

ある日、おしゃれで帽子をかぶって学校へでかけたのですが、白人の男の先生から帽子について英語で話しかけられたのです。

私はてっきり、「教室内で帽子は脱ぎなさい!」と注意されたのだと反射的に思い、すぐに帽子を脱いだのです。

すると「なんで、帽子を脱ぐんだい?とっても洒落た帽子でキマっているのに・・・」とウィンクされて面喰ったことを覚えています。

また、授業中に発表したり意見を言うだけで「最高!素晴しい!とてもいいわね!奇跡的!」というほめ言葉を連発されるのです。

そしてウィンクしてニッコリと微笑んでくれて、認めて評価してくれるのです。

日本の学校では経験しなかったことなので、顔が赤くなってしまうほどでした。

けれど、すぐに慣れて、褒められたり認められることで、やる気がどんどん出て、成績がどんどん上がって行くようになったのです。

先生にもっと褒められたい!もっと頑張りたい!と意欲的に積極的になれたのです。

これに慣れてしまうと、日本人の無表情さや感情表現の乏しさが冷たく見えるようになってしまいました。

そんな感想を、知り合いの大阪の人に言ったところ、「東京の人は褒め上手で温かい!あなたは大阪には絶対住めないよ!!」と言われてビックリしました。

東京よりも大阪はさらに厳しい環境らしい・・・そう言えば、大阪のお笑い芸人の人たちて、女性のことを貶してドついて、褒めたのをみたことがないよね・・・と思いあたります。

でも、多感な時期に褒められてて個性を伸ばせた経験は、占いをする上で非常に役立っていると感じます。

私がアメリカでやる気と希望をもたらしてくれた、先生方の言葉は、今でも心に強く残っています。

ウィンクしてくれて認めてくれた先生のことを生涯忘れることはないでしょう。

だから、鑑定に訪れてくださる方の素晴らしさや、素敵なところ、かわいらしいところ、一生懸命頑張っているところを褒めることは自然なことなのです。

ハイスクールの先生がウィンクして微笑んでくれた優しい眼差しこそ、希望になることを実感したからこそ、人を認めて評価することが大事だと思うのです。
Posted by yamarika at 16:46:30Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-04

出会いの不思議5

39210.jpg レスリーは占いがはずれた、と文句を言う人ほど、幸運を逃しやすく、つかめない人である、と言っていたことが印象に残っています。

つまり、自分の人生が思い通りにならないのは、人の責任だと思うことで自分を納得させてしまうのだというのです。

自分の弱点や欠点を受け止める視点があれば、人生を向上して自分の思う通りに生きられるようになる。

けれど、それを放棄しているからこそ、人生がちっとも良くならないということに気づけないからなのだと言います。

脚本家の内館牧子さんは、OLをしながら脚本家スクールへ通っていたのですが、ストーリーを書く宿題を出され、その日、提出したのは2人だけだった時があり、スクールに通っていた他の7〜8人の生徒は宿題をしてこなかったのです。

内館牧子さんが会社の昼休みにチョコチョコと書いた脚本は自分で認めるほどお粗末な内容だったそうです。だからこそ、生徒からひどい感想を言われたり批判されたことは予想したことだったと言います。

けれど、生徒の大半は自分で脚本を書くことはせず、人の脚本を貶したり批判するばかりだったというのです。脚本家を目指してスクールに通っているというのにです。

人の批判はするけれど、自分の作品を書く努力は見られなかったようなのです。

批評されるばかりだった内館牧子さんでしたが、プロの脚本家として大成できたのは、自分の作品を書くことに没頭し、人を批判するためにはエネルギーを使わなかったからなのかもしれません。

レスリーの言いたかったことは、そういうことなのではなかったか・・と人生経験を重ねるほどに深い意味について考えさせられるばかりなのです。

(続く)
Posted by yamarika at 23:38:29Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-04

出会いの不思議4

39206.jpg レスリーから多くを学んだのですが、同時にアメリカでの経験は占いをする上で役立つことになりました。

日本での学校生活では、身長が高く羨ましがられたり、話題の中心的存在だったので、どちらかと言えば目立つ存在でした。

けれど、アメリカの学校生活では、身長が低くて自分のことがチビに思えました。背の高い人を羨ましく思う感情をはじめて体験したのでした。

日本にいたころは、身長の高いことを喜んだことはなく、むしろ背の低いことに憧れたほどでした。

所が背が低い身の上になってみると、味わったことのない劣等感を感じる自分がいたのです。

また、天使のように美しい白人女性を前に圧倒されるばかり。日本にいたときでは考えられないほど消極的になる感情にさいなまれ、自信をどんどん失っていったのです。

話題の中心人物をそっと影から観察する経験もしました。

つまり、同一人物でありながら、まったく正反対の人物の経験をしたわけなのです。

そしてさまざまな角度から見えること。感情を体験したというわけです。

そのことは、現在占いをする上で非常に役に立っています。

また、人種差別や英語が話せない苦労や向上するために、たくさんの人に出会えたこと。

そして多くの人に支えられたこと。

それは、決して買えない財産になりました。

そして、英語が下手で目立たない東洋人だった私が、日本に帰国した途端、ま逆の評価を得るようになったのです。

このときほど、世間の人のイメージや物差しが、まったく根拠がなく、その人物の中身など何も見てはいないのではないか?という矛盾を強く感じたものでした。

固定観念や先入観で真実の目を曇らせない意識と眼識は、鑑定をする上で非常に役立っています。

自分の視界から見えること体験できることは、狭いということを知りえたのは、アメリカで別人物になった体験ができたからだと実感しているのです。

(続く)
Posted by yamarika at 23:09:11Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-03

出会いの不思議3

39152.jpg レスリーは口コミで訪れる人たちをボランティアで占っていたのですが、心ない人から「占いがはずれた」とクレイムを言われることも少なくありませんでした。

けれど、「占いがはずれた」わけではありませんでした。

レスリーは常々言っていたものです。

「占いや予知は、相手のためになるように使って初めて、意味があるものになる。相手を貶めたり、傷つけたり、怠けさせるための目的にしてはいけない」と。

だから、彼と別れることを感じても、あえて「あなたがこんな風に努力したり、彼の気持ちを理解してあげれば、よくなる可能性があるわ」とプラスになることを探して忠告すると。

もし、今のあなたの意識には邪気があり、自分勝手な一面が彼に嫌われているから、フラれてしまうと感じていても、その通りには伝えずに、彼女が少しでも自分の短所に気づけるように、言い回しを工夫することに重点を置いていたのでした。

良い結果が見えても、安心して気を抜いてしまわないように、さらに向上できるように、彼女の意識にプラスになるメッセージを与えることが、占う真の目的になる、とレスリーは教えてくれたのです。

人の心に希望と勇気とやる気をもたらす占いを目指すこと。そして、人の役に立てる占いにするためには、「あたる」ことよりも、その方が改心して努力する助言になることが大切なのだ・・とレスリーから教えられたのでした。

レスリーは占いだけでなく、アメリカの家庭料理をごちそうしてくれたり、薔薇の花を愛するきっかけも与えてくれたのでした。

今庭で咲く薔薇の花はレスリーと過ごした日々を思い出させてくれるのです。

そして薔薇を見るたびに、レスリーの助言を呼び覚ましてくれるのです。

(続く)
Posted by yamarika at 17:55:26Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-02

出会いの不思議2

39097.jpg アメリカに渡米してすぐに現地のハイスクールに入学しました。

英語はまったく話せません。ネーティブが話す英語はまったく聞き取れない状況です。

けれど、当時のアメリカンハイスクールに通う生徒は、白人が50%、黒人が40%、残りの10%は、英語があまり話せない人たちだったのです。

アメリカは移民を受け入れていて、フィリピン、ベトナム、カンボジア、中国、韓国、プエルトリコ、メキシコなど、様々な国から移住してきている人たちが少なくありませんでした。

なので、英語がしゃべれない人が10%くらいいたのです。

日本人はだいたい1〜3名程、肩身がせまかったですね。

そのような事情背景があり、アメリカ政府は、移民の学生のために通訳の先生をそれぞれ派遣してくれていたのです。

ベトナムの生徒にはベトナムの先生が授業中に通訳して学業が遅れないように配慮してくれていたわけです。

ベトナムや韓国は生徒数が多く、その先生がクラスを持って勉強していたりしましたが、日本人は一番少なかったので、アメリカ人に混ざって授業を受けなければならず、授業について行くのが大変です。

通訳の先生は一人で生徒をかけもちして通訳するので、クラスが別々になると、通訳してもらえなくなることもあるわけです。

そのような時に、ボランティアで白人の先生がついてくれて、授業中に辞書を引いてくれたり、解らなかったところは、放課後に補習授業をしてくれて、マンツーマンで勉強を見てくれたのです。

そのボランティアの先生として学校で出会ったのが、レスリーだったのです。

彼女は占いにとても詳しく、知人や友人をボランティアで占い評判になっている女性なのでした。

タロットやホロスコープ、黒魔術的なおまじないの知識がとても豊富でした。

霊感があり、子供の頃から予知夢や予言を的中させてもいたようでした。

日本のタロットを持参していたので、私とレスリーはすぐに意気投合するようになり、プライベートの時間を一緒に過ごすようになったのです。

レスリーは60歳を過ぎていたけれど、まるで友人のように親のように、私にさまざまなことを教えてくれたのでした。

レスリーとの出会いでますます占いの知識が深まり、身近なものになっていったのでした。

(続く)
Posted by yamarika at 12:35:25Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
2008-02-01

出会いの不思議1

39071.jpg 中学生の頃から私には霊感があり、占いができることが評判になっていて、同級生に片思いの男子の気持ちを占って!と頼まれたものでした。

バレンタインの時期になると、告白しても大丈夫か?好きな男子は自分のことをどう思っているか?などと不安顔の女子たちに囲まれたものでした。

放課後、教室の片隅でタロットをシャッフルしては、あれこれと占ったものでした。

まさかその頃は、将来占いの仕事をするなどとは思ってもみませんでした。

けれど、皆からアドバイスを求められ、悩みを打ち明けられるのが、しょうにあっていたようです。

タロット以外の占いにもどんどん興味と関心が深まっていったのです。

そして、私が高校生になる頃、家庭の事情でアメリカに渡米することになったのですが、レスリーという白人女性との出会いが、その後の私の人生の転機になったのでした。(続く・・)
Posted by yamarika at 21:26:15Comments(0)TrackBack(0) │アメリカ在住記
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