こんばんは。先日、悲しいニュースがありました。
元TBSアナウンサーでフリーアナウンサーの、
川田亜子さんが26日、お亡くなりになりました。
享年29歳・・まだまだこれからという時に惜しまれる事です。
事務所も仕事関係者の方々も、
調子が優れない事は敏感に感じ取っていたようですが、
事態の重さから「?」の付く事ばかりで
驚きが隠せないようですね。
私は仕事柄、人は運命のレールの上でどう生きてきたか?
そしてどう生きていくのか?と考えてしまう訳ですが、
この度の事態も勝手ながら、
運命学の見地で紐解いていきたいと思います。
故)川田亜子さんの五行推命式は、
【年柱】 戊午 偏財 死
【月柱】 乙丑 敗財 冠帯
【日柱】 甲申 絶
2008年
【大運】 戊午 偏財 死
【流年】 戊子 偏財 沐浴
となります。
表面的にはサッパリしているように見え、
知的で聡明、行動力と正義感に溢れている方ですが、
知的過ぎる、また頭が良過ぎるだけに、
常に何かを考え、
何かを気にしながら歩むデリケートな性質があります。
また人が良いので自分の中に拘りがありながらも、
それを表立って自己主張するでもなく、
何事にも強きな姿勢と器用な性分のため、
与えられた仕事を完璧にこなしてしまうがゆえに、
自分の本来の目的や方向性へのアプローチが、
出来なくなってしまったのでしょう。
日柱の「甲」は陽の気で「大木」を意味し、
正義感、行動力、自尊心と
男性的な力強さを個性として持っています。
ただ「申」は金気を帯びており、金は木を剋す関係となります。
そのため社会や環境からの重圧や責任から
自分の身を削り易くします。
「絶」と言う事もあって、
自分の発想やスタイルを確立した生き方が本望ではあるのですが、
周囲に流され易い性質も内在しているため、
自分本来の生き方にそぐえない生き方を選んでしまうのです。
人は「仕事のある内が華だ」なんて簡単に言いますが、
「甲申 絶」の生き方は社会との協調や順応が、
自分のライフスタイルにそぐわないと、
ストレスを溜め易くなってしまうのです。
また、現実世界や社会一般で言う「幸せ」や「成功」という事が、
「絶」の人にはそれが自身の価値観と合致しないと、
例え他人に認められようと、
社会的に地位や名誉を与えられようとも、
自分がそこを目指していないのであれば、
ただの苦痛になってしまうのです。
一言に理想主義と言ってしまえばそれまでですが、
理想と現実のギャップに対して妥協を許しません。
それは現実の物事に捉われない発想を、
ストレートに現実社会に反映させようとするので、
周囲がその価値観を認めて伸ばしてくれないと
「活きて」いると言えないのです。
語弊があってはいけないので付け加えますが、
「活きる」と「生きる」は本来、異なります。
本来は自分を活かした生き方が出来なかったとしても、
ある程度の部分で、妥協して生きていこうとします。
それは一般社会において当たり前のように感じ、
当たり前のように生きているので実感が無いかもしれませんが、
彼女の場合は、「活きる=生きる」なのかもしれません。
自分らしく生きれない事自体が「活きた」生き方でないとすれば、
生きている意義や意味を実感できないのかもしれません。
また月柱の「敗財」には、
「独立独行、投げやり、気迷い」などの意味があり、
それが「冠帯」と強いのでその気質は強まります。
また自我をも意味するので「敗財」を持つ人の生き方は、
自分の思いや考え方に確固たるものがありながらも、
それを表面的に出せないので、憤りや焦燥感が襲い易いのです。
その上、今年(2008年)は、
大運が「偏財 死」、流年が「偏財 沐浴」となり、
本来、偏財は「回転財、流動、合理性、現実欲」などを意味するので、
これらが旺相(エネルギーが強い)していれば、
その巡り来る現実的な流れの中から、
自身の成長に繋がる物事に溢れている事を意味するのですが、
「死」「沐浴(荒れる)」と不安定なので、
その流れや変化が多い中に、
自身の成長に繋がる事柄(福分)が少ない事になります。
また月柱の「敗財」はこの財星を剋す(傷付ける)関係となるので、
得られない事への不満や不平が溜まり易くなります。
その上、比肩星(敗財含む)が元々、強くない方なので、
財星が多く表れる時期は、
比肩が財星を剋す力に労力を強く使うので、
比肩の力が非常に弱まります。
それが何を表すかと言うと、
比肩は「自我、自分自身」を意味するので、
「自分自身」が弱くなると言う事は、
生きる事への執着が薄れる事になるのです。
以上の事は運命学・五行推命において推断したものですが、
今回の事が必ずしもこれに当てはまると断定は致しません。
そして誰を擁護して誰を批判するものでもないのですが、
彼女が仕事に関してもう少し寛容に受け止められれば。
事務所や関係者が彼女の事を深く理解出来れば。
仕事を任せる時点である程度、彼女の意向を汲めれば。
意向に添えない仕事を任せる時、
意向に添えない事をどこまで親身に説明できフォローできたか。
回避する方法を色々と模索すればきりが無いですし、
それに固執する事が現状として、
解決には結び付かない事も事実ですが、
この問題を通じて今後の人事に関する決定や、
異動、仕事に対する個々の考え方を
見直す必要があるように感じます。
「死」に関しての考え方は賛否両論で、
何が正しいとか何が間違っていると言う事を
断定してお話しする事は出来ません。
それ自体が曖昧で
ここまで読んで下さった方に本当申し訳ないのですが、
「死」が社会にもたらす影響が大きいものである事は事実です。
ただこの事実を傍観してやり過ごす事が正しいとは思えません。
人一人が命を掛けて、何かを伝えたかったのであれば、
それを理解する事は同じ人として当然の事だと思います。
だからと言ってそれに同情や同調は禁物です。
それは自ら命を落とす事自体が、正しい事とは言えないからです。
そしたら次の「死」を招かない社会を
全ての人たちの手で築き上げていく、
もしくは修正していく事が大切なのです。
「死」について隠す事は正しいとは思えません。
「死」についてむやみやたらと
意見を戦わせる事も正しいとは思えません。
ここで今すぐ解決する問題ではないですが、
個々に深く考えていく事を切に望みます。
不謹慎、もしくは不適切な発言があったかもしれませんし、
この話題を取り上げた事で、
不愉快な思いをさせた方がいるかもしれません。
ご親族の方、関係者方々、誠にすみませんでした。
ただただ今は彼女のご冥福を心よりお祈り申し上げます。