時々、鑑定後に「雪平さんを信じます」という言葉をもらう。
私は、必ずこう言う。
「私じゃなくて、自分と相手の方を信じて下さい」
もちろん、その通りになればいいなという、お客様の気持ちも入って、そうおっしゃるのだと思いますが(^^)
私は・・・よい未来を思い描き、それを信じて努力する行為こそが「信じる」ということではないか?と思っています。
だから、私を信じるより、相手を信じるための努力をしてほしいと・・・。
では、よく一般的に?言う信じるとはどういうこと?
あの人はきっと裏切らないと信じること?
あの人は絶対に浮気しないと信じること?
etcetc・・・
それは違うと思う。
あまりにも他力本願ではないかと思うから。
致し方なく裏切られることもあるかもしれない。
どんなに好きでも、別の人を好きになってしまうことがあるかもしれない。
人の心は変わるから。
また、変わっていく自由を誰も止めることはできない。
気持ちや状況は常に変わって行く。
誰だって明日はどうなるかわからない。
自分の気持ちだって、どうなるかわからないのである。
それを踏まえた上で、今、最大限に努力すること。
今、最大限に相手を許し、相手を愛することが、信じるということにつながるのでは・・・。
極端に言えば、努力をした者だけが、信じる資格を得られるのかもしれない。
努力して精一杯やり切っている人だけが、未来を信じられるのかもしれない。
先日、あるお客様より「信じるという事」について、考えさせられるメールを頂戴致しました。
時々、恋愛の中で、「あなたを信じる」とか、ある種、前向きな感じでその言葉を使いますが、それって、「裏切らないでよね」という確認の言葉なのかもしれませんね。
本当に信じてたら「あなたを信じる」という言葉は出て来ないかも。
(シュチュエーションにもよりますが)
また、信じるということは、一朝一夕とはいかないもの。
相手を愛し、それに対して相手が応えてくれる・・・。
小さなことからコツコツと、そういう積み重ねが「信頼」となり、信じられる未来になるのだと思う。
相手に裏切られるのではないか、相手が信じられない・・と不安になる人は、まず、相手と自分とのよい未来を信じ努力してみてはどうだろう。
信じるに値することだけ(保証のあるものだけ)信じるというのは、打算ではないだろうか。
信じるに値しないものでも(保証のないもの)信じたい未来に向かって努力する事が、「信じる」ことなのだと思う。
うまく言えませんが・・・信じる過程が一番大事なのだと思います。