昨日、お客様より、素敵な教えを頂いた。
ありがたいなぁ・・・
このお仕事をしていなかったら、きっと、一生知らなかったかも。
感謝しています。
少し前に「信じる」というブログを書いたのですが、大まかにいうと、信じるということは、自分自身が出来る限りの努力をして、あとは天に任せるというのでしょうか・・彼と自分の縁に委ねる・・というような内容で書きました。
その時に、「浮気しないはず」とか「裏切らないはず」とか、一見、信じているように見えて、相手に求めるものは、他力本願すぎるのではないかとも書きました。
ちょっと、言葉の使い方を間違っていたようです。
「他力本願」とは、みなさん、どのように理解なさってますか?
はずかしながら、私も、本当の意味を知らず、「他人に任せっきり・・」とか「自分は努力しない」とか、ネガティブな意味合いでとらえていました。
では、本当の「他力本願」とは何か?
浄土真宗の教えなのだそうですが、それこそ、私の本当に言いたかった「信じる」ということと同じだったのです。
(仏様の教えと同じだなんて言ったら、叱られそうですが・・!)
浄土教でいう、他力本願とは「阿弥陀仏の本願の働き」であり、阿弥陀仏を信じ、この身を委ねて、自分自身から一歩前に進むことで極楽浄土へ導かれるというもの。
ここで大事なのは、信じるだけではなく、自らも動く・・ということが大事。
・・・奥が深いです。
にわかに聞いただけで、ここで書くことはためらいもあったのですが(^^;
もう少し勉強したいです。
私自身、瀬戸内寂聴さんの影響もあってか、釈尊(仏陀)の教えに、すごく興味があり、また、きっと、突き詰めていくと、やっぱりそこが真実なのではないかと思っていました。
「四諦八正道」・・・
釈尊は、「人生は苦である」と心理(苦諦)を説いた。
人は「四苦八苦」を背負っていかなくてはならないと。
苦はどうしておこるのか?
苦の原因に関する心理を(集諦)という。
人生は苦であり、その原因は無知、無明にあることがわかり、その苦を滅した境地を(滅諦)といい苦を滅ぼすために、正しく修行(八正道へ・・)をすることを(道諦)という。
苦諦、集諦、滅諦、道諦、で「四諦」
八正道とは
(正見)正しい見解、思想、ものの見方、考え方をもつこと
(正思惟)正見に基づいた正しい考えをもつ
(正語)正見に基づいた正しい言葉を語ること
(正業)正見に基づいて正しい行いをすること
(正命)正見に基づいた正しい生活を営むこと
(正精進)正見に基づいた正しい努力をすること
(正念)釈尊の教えをいつも心に想い、記憶して忘れないこと
(正定)正見に基づいた正しい瞑想をすること
どうでしょう?
現実の生活の中で、活かせる教えだと思いませんか?
釈尊こそ、煩悩の中で生き、生きながら悟った教えなのだと思う。
私達も、ただただ、苦しいと言うのではなく、生きてこそ苦しみがあると気付き、そこから学び、真実を見いだしていくことこそが生き切るということではないだろうかと思う。
私のお仕事は、恋愛のご相談がとても多いですが・・
恋愛が「愛」とは何かを知る、一番入りやすいものなのではないかと思います。
恋愛を通し、諦めるということを知ったり、その中から、真実の愛というものを見いだしていく・・・。
奥が深いなぁ・・。(もっと勉強しなくちゃね!)
私自身、なぜ、今の仕事をしているのか・・?
この、お仕事を始める前から、心の底に、いつも「真実を見たい」という気持ちがありました。
ふと、こうして考えてみると、やっぱり、導かれたような・・そんな気がして。
おこがましい感じですが、私は八正道でいうところの「正見」という部分を担っているのかもしれないと。
だから、やっぱり、当たる外れるの占いはしたくない。
うまく言えないなぁ・・
うまく言えないけど、きっと、私は、みなさんと一緒に修行をしているんだと思う。
表面的な出来事にとらわれるのではなく、その奥にある真実を知るために。