文学部や教養学部は要らないのか

20160410072316-b89d5c6efe86755886aae7c9fe4d5b46f01f20ea.jpg文部科学省が86の国立大学に対して、組織や業務の全般的な見直しを求める通知を出しました。

その中で、文学部など人文社会科学系や教員養成系の学部・大学院について、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換を迫ったんですね。

要するに国立大学に文学部や教育学部は要らないということです。

これに対して、当然ながら賛否両論ありますが、私に言わせれば答えは簡単ですね。

人文社会系の学部なんか無駄に決まっているでしょう。

日本では大学は就職予備校になっていて、国も企業も即戦力になる人材の養成を求めています。

それ以外は必要ない。

明快です。

しかし、無駄なものはすべて要らないとは限らないんですね。

すぐに役に立たないからといって、すべて排除していると非常に大事な可能性をつぶしてしまうかも知れません。

多くの画期的なアイデアが最初は無用、無駄と思われていたことを考えてみてください。

かなり昔のことですが、当時の民主党のタレント議員が嬉しそうに仕分けでなんでもかんでも無駄だからと予算をカットしていたことを思い出します。

結局、与党も野党も考え方は同じなんでしょう。

こうした無駄なものを認めない風潮は日本の力を確実に衰えさせます。

日本が本当に文学部や教育学部をなくす方向にいったら没落が始まったと考えてもいいでしょう。

では。