運命学

いくつか、断章のように
つぎはぎですが
披瀝してみたいと思います。

人の世の多くの問題は
行き着くところ人間関係のトラブルと
言っていいものがあると思っています。

端的に「感情」の問題です。

ところがです。

我々は関係性に生きている。
そこには接点を持つ何かがある。
昔ながらの言葉で言えば、
「袖擦り合うも他生の縁」
ということになるのでしょう。

本来、トラブルの元とは
ぶつかり合う相互作用ですから
双方の問題です。

しかし

こうした事例(事象)に

最後は

『自分にとってどうなのか』

というところに立ち返る。

これは原点回帰と言っていいかもしれません。

この時、自分の人生と生き方が現れてくる。
これを直視し考えることを「顧慮」すると言います。

つまりは
自分の物語を生きる

そのことから見てそれ(事象)が
何であったのか

を決定づけなければなりません。

その意義とは、あくまでも結局
「自分にとって」なのであり

それというのも

他人がどのような痛みや苦しみ、悲しみの感情が誘発されるかについては、同情はできても、事実上責任はとれない。

運命という意味で、これが個人の生き方の根流にあります。

つまりここに劇的に現れるものが
「運命」という魔物です。

運命とは、
自分の意のままに操れるものではなく

いつの間にか

ふりかえるとその運命に操られ
翻弄されている気がする。

こうした運命というもの
自分には想定だにしなかったもの

この運命といかにかけ合っていくか?

この観点を立脚点にした運命学こそ
我が教室で主軸となっている推命学であります。

みなさんの中には、自分の人生を
自分が勝手に生きているように
思っている人も中にいるでしょう。
おそらくほとんどの人がそうなのではないでしょうか。

その勝手に生きている後に運命ができるものではなく、すでに先駆けて運命が実はレールを敷いている、となっていたらどうでしょうか。

そんな驚くべき運命の力が襲ってくる人生とはなんぞや?

こんなふうな観点から
鑑定をしなければなりません。

教室の生徒さんたちはぜひ
もう一度考え合わせてみてください。