ローマ渡航日記

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こんにちは!

ボンジョルノ!

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

ローマ、超久しぶりで、人も親切で楽しかったです。

晴れの日が多く、また、雨が降る日もありましたが、外にいるときは晴れていました。

お決まりコースに行きました。

トリビの泉は工事中でした、地元の人の話では、工事が終わるのは2年先になる予定だそうです。

泉には水が無かったですが、コインを投げました。

その後はスペイン広場、コロシアム、バチカンには2度も行きました。

ミケランジェロのリコネクションの壁画は綺麗にペイントされていました。

決して、スペイン人のおばあちゃまがキリストの絵を修正してサルのような笑える壁画にはなっていませんでした。

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(バチカンミュージアムで立っていると、目の前に白いフェザー(鳥の羽)が落ちてきました。お守りに拾いました。)

以前見たときよりも、3Dぽっく見えて、なかなかよかったです。

しかしながら、体調が完全でなかったために、何となくふらふらと移動中に気分が悪くなったりしました。

胆石、胆嚢を摘出したからだから、食べる物に注意して、刺激物は胃に入れないようにしていたのですが、それでも、痛みが増して来ていました。

何度かマイケルは手術をして頂いた外科の先生に連絡を取って、「どうしたら良いか?」と尋ねていました。

痛みが前よりも痛く、他の病気かもしれないと心配しながら、安い航空会社のチケットは変更が付加のため、新たに新しく航空会社に予約をして帰るにしても、痛みが酷くなる一方でした。

旅行の最終日まで、あと、2日間以上あったので、薬局でお腹が痛いということで、薬を購入し、それを飲み、「真実の口」の教会に行きました。

朝食には、胃を緩和するにはミルクが良いかな?と思い、ミルク、ヨーグルとすこし食べたりして、脂物は一切、取っていませんでした。

水とハーブティーぐらいでした。

ホテルの受付の人に、教会の場所を地図に記して貰い、歩ける距離というので、ゆらゆらと歩いて行きましたが、「ん?ここはセント・マリア・コスメディアンではないよ?セント・マリアXXXだよ?」もう一度、地図を見直し、「川の近くだと思うから・・・。」と、「私の記憶では、」と再度、地図を見て、「ここだよ!」と、印をして、メトロに行き、電車に乗り、駅を降りたときに、腰がお腹、激痛!気持ちも悪く、冷汗も出て来て、普通ならすたすたと歩ける場所が歩けない・・・。

時間が掛かったが、セント・マリア・コスメディアンに到着、待っている人も少なく直ぐに、「真実の口」に手を入れることが出来ました。 ^-^

その後、教会の下に行き、見慣れたマリア様のイコンが飾れていました。

マイケルに「ここはギリシャ教会みたいだね・・・。」と言いながら、後でマイケルがグーグルで調べたところ、中近東で迫害にあったギリシャ人がローマに逃げて来て、その場所でキリスト正教徒として活動をしたようです。

ですから、教会の壁画もほぼ、正教会と同じで居心地がよく、痛みとともに椅子に腰掛けていました。

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しかし、もう、激痛が激しくなるので、「無理!」と思い、タクシーを拾い、近くの病院に行きました。

英語が出来る人がほぼいず?また、いくら同伴者が家族でも、1人で受付の人と話し、パスポートを提示したり、質問に答えたりして、すこし待っていたら、呼ばれて、血液検査をした後に、点滴をして貰いました。

その後、点滴はすでに終わっていましたが、待つこと、3時間、さらに、超音波エコーで痛い所をチェックして貰ったりして、またまた、結果を待ち、マイケルは中に入ることが出来ないので、イタリア人の女医さんと女性の看護師さんがいました。

看護師さんはすこしだけ英語が出来るので、女医さんがグーグルでイタリア語でタイプした後に、それを英語で私に話しかけ来ました。

「まだ、彼女は痛みがあるか?」と英語で、それを復唱すると、またまた、二人で復唱していて、私が応えるとまた、二人で復唱していました。

おいおい、こんな調子だけど、大丈夫?と思いながら、「いつ、あなたの国に帰る予定ですか?」と聞かれ、「月曜日の朝です。」と応えると、「それまで、ここにいますか?」と聞かれました。

ここにいるといっても、病室らしきものもないし、トイレに紙さえもないし、みんな、車椅子で寝ているし、堅い椅子で居心地が悪いので、ホテルに帰るというと、イタリア語の検査結果にサインさせられました。

「何が書いているの?」と尋ねると、「あなたは大丈夫だから、帰ることに承諾する」ということでした。

でも、すでに印刷して様子で、帰る時間もすでに明記されていました。

何も食べないで下さいといわれたので、他の女医さんに、ホテルに帰り、ハーブティーと水だけ、お風呂に浸かり、髪を洗うときもしんどい、痛い・・・。

胆石を取る前よりも痛く、手術したのに・・・。こんなに痛くなるなら、手術しなければ良かった。と思いつつ、すこし眠る・・・。痛みとともに起き、朝もお水、ポカリスエットの味に近い、スポーツドリンクを飲みながら、痛みが引かないので、ホテルの近くの総合病院に行った。

総合病院も前日に行った病院とシステム的には同じで、マイケルは寒い受付に立ったまま4時間を過ごした。

救急車で行けば、早く見てくれるだろうけど、ホテルに救急車を呼ぶのも他のホテル滞在の人に悪いと思い、タクシーで行ったので、救急外来だが、後回しにされている感じ、後から来た人がどんどん、他の場所に移動していた。

待つこと、3時間ほどで、私と同じぐらいに来ていたイタリアン女性が切れ始めて、男性の看護師さんと喧嘩が始まった。

おばちゃまで遅く来た人も他の場所に移動されていたときに、私の顔色が悪いので、イタリア語で気にかけてくれた言葉を言ってくれた。

寒い中、マイケルに待たせるのも悪いし、どれぐらい待つのかも分からないし、4時間待ったが、まだまだ待つみたいなので、ホテルに帰ることを伝えた。

看護師の女性が私がマイケルにそのことを伝えると、大声で、怒鳴っていた。

多分、他の人にも同じように「ここから先は患者のみ」と言っているだけだった。

前日の書類を返して貰うように英語が通じる人がいるかどうか尋ねたが、誰も英語が分からず、ちょっと、発音を変えて、言ってみたら、何となく通じたみたいで、書類を返して貰う、椅子に置いたバックを取りに行こうとすると、またまた、イライラしている女性の看護師さんに、イタリア語で文句を言われるが、バック、バックと言うと、ジェスチャーで何とか、取りに行き、ホテルに一端帰り、すこし、寝たが、傷みが続くので、前日に行った病院に行くことしにした。

大きな病院から帰るときに、すこし英語が出来る女性のタクシードライバーさんと会話中に、イタリアの病院事情を教えてくれた。

プライベートのクリニックでさえも、最終的に総合病院に行くことになるらしい。

数箇所に連絡してくれたが、日曜日なのでお休みだった。

行った次の日の夜も痛かったので、マイケルが心配してドクターをホテルに呼んでもらうことになったが、吐くと楽になったので、キャンセルして貰った。

話によると、ドクターが来ても、痛み止めとかは病院で打つだけで、問診のみらしい・・・。(後で分かったが、それでも高いキャンセル料金は取られた)

そうこうしている間に、気を取り直して、セント・マリア・コスメディアン教会の近くの前日行った病院にタクシーで行き、救急外来へ行った。

相撲取りのようなイタリア人女性の看護師が、私だけを部屋に要れ、またまた、グールグルで尋ねて来た。

気力がなくなって失神しそうなぐらい痛いが、タイプし直して、色々と問答して、前の日にいた待合室で、待つことに、臭いが凄いお婆さんがいた。「あれ?この人、昨日もいたね。」と思いつつ、気分が悪いのに、近くに車椅子で座らされていた。ホームレス。

お風呂ぐらいいててあげればいいのにと思いつつ、私はトレイに何度も行った。

ティシュペーパーもなく、自前の紙を使い、便座がないのが普通みたいだ。

また、男女同じトイレ、どこもそんな感じでした。

鑑定を受けて頂いたクライアントの人とローマで会ったときに、その方がオードリ・ヘップバーンがお茶したところでお茶したときに、トイレに行ったのですが、男女共同でチップもおいたが、トイレに行ってビックリ!メイドの格好したスタッフがいたが、冷たい便座には本当にビックリ。

彼女はカプチーノ、私はハーブティーを注文したが、二人で20ユーロで、便座がない、蓋がないのではなく、便座がない!

紙はついていたが、高いカフェでトイレが・・・。ローマ人は文句を言わないのだろうか・・・。

ホテル以外はそんな感じで、トイレとお風呂文化の日本人には理解不能だ。

話によると、ローマの不動産価格は超がつくほど高いらしく、トリビの泉の近くの30平米のアパートが何と!1・5億円。家だと、5億円。

アパートを借りたとしても、お風呂が付いているものがないらしく、付いていても、タンクが小さいので湯船を溜めて浸かれることはできないそうです。

ローマは物価が高い。

バチカン近くでお茶をしたのですが、固いパンにトマト(超薄い)ツナ、レタス、私は3分に1ほど食べて、味も美味しくないので、残していました。

マイケルは20ユーロあれば足りる?と思い、カウンターで支払いをしたら、何と、22ユーロでした。

何度も足を運んだ日本食レストランは味は最高に良かったです。

ランチメニューは15ユーロで、日本並みの美味しい料理でした。

夜にも行きましたが、同じ物を頼むと、かなり割高になりますが、パスタを食べると吐くを繰り返していたので、日本食があってよかったです。

でも、ここだけしかない様子でした。

もうひとつのところに行ったら、閉店になっていました。

不景気なんでしょうか?

夏期間限定なのでしょうか?

パフォス辺りだと、夏期間限定のレストランも多いので、ツーリストが来ないと閉めて、ダウンアンダーでのんびりするキプロス人も多いのですが、イタリア人もシドニーは多いですが、日本食店がひとつだけですから、そこのレストランは繁盛していました。

話は病院に戻りますが、腰、背中が痛み、お腹も痛く、座っていても、立っていても痛く、途中、痛くて気を失いかけていました。

途中、どれぐらい寝たのか分かりませんが、1時間半ほどマイケルの膝の上で寝ていました。

そのときに、自分でヒーリングするしかない、あまりの痛みで、スピリチュアル・ガイドと、母に頼んで来て貰うことにしました。

いつもは依頼者のために、ヒーリングするため、エネルギーを蓄えていますが、もう、長いこと痛いので、また、辛抱強く介護してくれているマイケルもストレスが溜まって来てそうな感じで、「イタリアの病院には英語が話せる人がいないのか?」と、かなり、切れ気味になっていました。

そんなときに、お酒を飲みすぎて路上生活をしていると見られる巨体のイタリア人男性がベットの上で大声で「酒をくれ~」と何度も、叫んでいました。

連れて来た救急隊と揉めていましたが、それでも「酒をくれ~」と大声で、見ていると笑えて来ました。

救急隊の1人が水を持って来て、ゴクゴクと飲み、まだくれ~と叫び、また、お水を飲んでいました。

今度は「腹が減った~」と叫び、ホットチップスを食べていました。

私はすでに40時間以上食べていなかったので、「いいなぁ~」と思いつつ、眠り込んでしまうほど、寝ている間は痛みがないので、キプロス人のドクターから、帰って来るまで熱を出さないように、体温計を常時していました。

37度以上だとかなり危険らしく、マイケルも何度も体温計で計るように指示されていて、後、黄疸がでないか、見るように言われていたらしいです。

自分の名前のような感じを呼ばれたので、目を覚ましました。

ふらつくので、なかなか歩けず、10秒後には他の人の名前を呼んでいました。

どれぐらい待ったかさえも分からず、イタリア人の女医さんに、「何でそんな歩き方をしているの?」と片言の英語で聞かれ、「腰も、背中もお腹も痛いし、長い時間待っていたから、ふらふらだ。」と言うと、「足が痛いのか、お腹が痛いのか紛らわしい!」と怒られました。

働いている人達が怒っているので、怖いです。

それでなくても、痛い状態がなが~く続いているので、どうしたら良いの?と思いつつ、男性のドクターがすこし英語が話せる人が様子を見て、すぐに「3週間前に胆石の手術をしたのだが、たぶん、胆石がどこかに詰まっているかも知れないから、痛み止めの注射をして貰うように私のドクターが言っている、明日には帰るので、1本、打ってください。」と頼むと、女医さんは怒っていました。怖すぎ!男性のお医者さんは「黄疸もあるみたいだし、たぶん、胆石ぽっいが、保障はないし、1本注射を打つので、すぐに病院から出て行って下さい。処方箋で痛み止めを出すので、薬局に行ってね。そして、何があっても私たちはもう関係ないからね。」と言われ、すぐにナースが来て、1本打って貰い、すぐに立つように指示され、処方箋を書いてもらうときに、女医さんは凄い怒りで、他の救急隊と喧嘩が始まり、言い合いになっていました。

私がぼっ~と見ていると、書類にサインをするために、ボールペンと紙を机の上にバーン!!!と置かれ、怖い思いをしました。

看護が必要な人が来る病院で大声を出している人が看護師、女医さんが目に付きました。

病院を午後5時に入り、出たのが午後11時、痛み止めの注射1本に6時間もいました。

タクシーを拾い、薬局に、その後、ホテル、いや~遠回りされて辛かったです。倍の長さ、ある程度、道を理解すると、長く感じます。20ユーロ請求していました。

メーターに出ているのは、「関係ないからね。」行きはホテルの受付でタクシーを呼んで貰い、9ユーロでした。呼ぶとすこし加算されるのかどうか分かりませんが、休日、料金もあるでしょう。土曜日の夜は同じ距離が7ユーロでした。

まぁ、確実に20ユーロは高いと思いましたので、チップはあげませんでした。笑。

帰る仕度をマイケルに託し、すこし仮眠を取りました。

朝一の便でローマタイム6時25分~2時間半。

痛み止めを飲もうかどうしような悩みならが、帰るとすぐに検査してくれるということだったので、痛みとともに帰ることに決めていました。

家に一度帰り、入院するかも知れないので、着替えを用意して、すぐに病院に行くとすぐにドクターがすぐに問診してくれて、熱がないので、安心していました。

血液検査をして貰い、点滴をしながら、MRIのあるクリニックに救急車で移動して、その後、古いバージョンのMRIで音が五月蝿く、狭い中で20分も深呼吸を繰り返し、終わったので、次は入院していた病院に救急車で移動、次の日は救急車で120キロ先のニコシアで他のドクターが待機しているからということで、予約を入れていた様子です。

点滴をしながら、年末年始いた病院に連れて行かれ、ぼっ~としていました。

5時ぐらいにニコニコしながら、ドクターがやって来たので、何だろう・・・。と思いつつ、「まだ、痛い?」と聞かれたので、「よく分かりません。痛みが40時間以上あったので、痛いのを通り越していると思う」と応えると、「MRIでは石はなかったので、多分、詰まっていた石は外に出ていると思う。今晩はご飯を食べて、様子を見ましょう。」と言われ、「えっ!ご飯食べれるの?それも、蒸したチキンとご飯のスープ、別々?」と尋ねると、笑いながら、「ご飯のスープと蒸したチキンだよ。」と言われ、「でも、明日はニコシアでカメラ入れて、手術するのでは?」と聞きなおすと、「検査では石は見つからなかったので峠は越えている、自然分娩した妊婦状態だよ。」と言われたが、「本当に?あれだけ痛かった腰、背中、お腹は痛くはないけど、痛み止めのせいではないのか?」と尋ねた。

「痛みが続いていたから、そんな感じに思えるだけで、石はないと思う、でも、明日までここにいてね。」と言われ、一晩、点滴を数回変えて貰いながら、マイケルが帰ってから1時30分まで熟睡して、その後、トイレに行って、寝なおした。

6時ぐらいになると、なんとな~く、ご飯が食べたくなった。

7時半ごろに、朝食としてトースト2枚と紅茶かコーヒーが飲める選択があったので、コーヒーは20日間ほど飲んでいないので、紅茶を飲んだ。

8時過ぎにマイケルが来て、ドクターがその後、来て、問診もなく、「気分はどう?」と聞かれて、「痛みはないけど、痛かったところがまだすこし痛いかも?」と言うと、退院して様子を見て、何もなければ、月曜日に病院に来てね。

普通に食事をしても良いけど、「お茶を飲むときは、蜂蜜を入れて飲んでね。肝臓機能が低下しているからね。蜂蜜はたくさんある?」と聞かれたので、「イタリアで買ったのがあります。」というと、「たくさん、飲んでね。では、月曜日の朝に会いましょう。」と、帰って行き、その後、看護師さんが来て、点滴の針を抜いてくれました。

まだ、本当に大丈夫なのか、分かりませんが、あの痛みは今のところはないです。

注射で散らしているということもない様子です。

薬も何も飲まないでと言われました。

いやぁ~。ゆっくりと遅いお正月休みが取れるところでしたが、ずっ~と痛みとともにローマを旅しました。

今度、ローマに行くときは、健康になって行きたいと思います。

でも、マイケルは次はオランダが良いと言っているので、オランダに行くかな?

気持ち的にはとっても楽しい旅になりました。

病院には3回も行きましたし、良い体験になったと思います。

また、石が自然に出たのがどこでなのか、きっと、5時間も待っている間だったのでしょうか、でも、身体よりも精神的に痛い時間が長かったので、まだ、気分的には、石が残っていそうな気分です。

一杯美味しいものが食べれなかったのが、残念でした。

ワインは1杯飲みました。

でも、その後が大変でした。

健康は何よりも大切だということを痛感しました。

死ぬ思いをしましたが、まだまだ、あの世には帰るときではないのでしょう。

鑑定依頼も多いため、ニコシアで入院するとなると、誰も私の代わりがいないので、今年は誰か霊能者のパートナーを探したいところです。^-^

長いローマ日記になりました。お読み頂き、ありがとうございます。

ローマは楽しいところです。

いつ行っても、歓迎してくれるローマ人には感謝です。

ありがとうございます。