神々と会話する術

【はじめに】

未来は無限に多様な可能性を持つ。

蓮(はちす)の奥の砂を一粒動かすことがきっかけとなって大河の流れも変わる。

どれほど不可能と思えることでも実現の可能性はある。

縁を得てこの力を得たことを大切にしてほしい。

きわめて稀なことなのだから。

あなたたちの誰かが、この力をたった一人の友人に伝えたとしても、その友人がまた友人に伝え、そのうちにこの力を有する人達が増え、その中から偉大な人が現れ、

多くの人々を救うかもしれない。

もしかするとあなた自身がその偉大な人かもしれない。

私はその可能性を信じてこの力を伝授するのである。

あなたたちの力によって救われる人達があり、あなたたちの力がなければ救われない人達がいることを忘れないでほしい。

10年程前ネットで出会った言葉です。

文中の「あなたたちの力によって救われる人達があり、あなたたちの力がなければ救われない人達がいることを忘れないでほしい。」このことばが私の人生を変えました。

「もし、ひとりの偉大な人がいて、一つの偉大な教えがあって、その教えによって全ての人々が救われるなら、この世界に、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教等多くの宗教は生まれなかった。もしかすると私にしか救えない人がいるのではないか?」わたしはそう考える様になりました。

 わたしが動くことで救われる人がいる。わたしが動かなければ救われない人がいる。事業に失敗し全てを失くした私でも何か出来ることがある。

この言葉は私に再び社会に出る勇気を与えてくれました。

私は伝授の際「あなたの周りには、あなたの助けを待っている人がいます。耳を澄まして助けを呼ぶ声を聞いて下さい。目を凝らしてその姿を見つけて下さい。溺れそうに成りながら、あなたの投げる浮輪を待っている人がいるはずです。」と話します。

わたしの生き方を押しつける訳ではないのですが、この世に生を受けた理由みたいなもので、わたしと出会った誰かが、たった一人でいいのです。その誰かが死ぬ前に「藤原と会えてよかった。」とちょっとだけ思い出してくれたら、わたしの人生も意味を持つのかな・・・。などと自分勝手に考えました。

 身勝手な考えですが、この考えが会の設立動機であり、運営の根幹を成すものでした。私はこの言葉と出会い「神仏の思いを聞きながら暮らすことが、人生を豊かに暮らす為の唯一の方法である。」と神仏と会話する技術を伝える決心をしました。

人生には様々な出会いがあります。それが人であったり歌であったり言葉であったりします。そして、その出会いによって救われる人がいます。

 この「神々と会話する術」に出会った人は、この術を習得し多くの人々に伝えて下さい。また、この術を深めた方は勉強会を作り、その会費を社会へ還元して頂ければ幸いです。