平成教育委員会(続き)

140524.jpg平成教育委員会から少し離れますが、知性が特殊な形を取ることもあります。

最近亡くなった名棋士米長さんが、「兄貴は頭が悪いから東大に行った。自分は賢いので将棋の道を選んだ」と言っていましたが、これは知性の専門化のことを指しているのでしょう。

その極端な例がサヴァン症候群です(映画「レインマン」やドラマ「ATARU」で紹介されています。元々はフランス語の「idiot-savant−賢い白痴」から来ていますが、使用禁止語の問題からこう呼ばれるようになりました)。

しかし、ありきたりのことを言うようですが、どのような知識や知性にせよ、それをどう使うかが重要なのです。

上手く活かすことができなければ意味がない。

たとえば、自分のIQはアインシュタインの190以上だと自慢した女優(映画の中で下着をチラっと見せて評判になった人です)がいましたが、彼女はアインシュタインと同じだけの業績は残していません。

実社会でもIQの高い人ばかり成功しているわけではないし、高級官僚の人たちは本当に頭の良い人ばかりなのに、だからといって世の中が上手く行っているとはとても言えないでしょう。

ついでに書いておきますと、特殊化された能力はそれほど遠くない将来にコンピュータに取って代わられると思います。

暗算能力なんかはいくら頑張ってもコンピュータには絶対にかないません。

チェスではすでに人間が機械に負けています。

将棋は取った駒を使えるという仰天のルールのために遥かに複雑なので、今のところは安泰のようですが、時間の問題でしょうね。

ただ、チェスや将棋における人間と機械の戦いは、実はコンピュータのプログラムを作る人間の能力の問題なのです。

コンピュータ自体の能力ではないんですね。

機械自体が意志を持って考え始めるのはずっと先のことでしょうが。

人工知能がどのようなものであるかにはまだまだ多くの議論が残されているのですが、この話は余りにも複雑なのでここでは取り上げません(少なくとも、テレビや映画でやっているような単純なものではないようです)。

では。