ちょっと前に「ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き」という映画(コメディ)を見ました。

なんと言うか、タイトルにセンスがないですね。

アメリカではまあまあヒットしたんですが、日本ではほとんど話題にならなかったのも当然でしょう。

主演はヴィンス・ヴォーンとジェニファー・アニストンです。

ヴィンス・ヴォーンはアメリカではかなり有名な喜劇俳優で、沢山のコメディ映画に出ています(私はあまり好きではありません)。

ジェニファー・アニストンは、テレビドラマ「フレンズ」に出ていたので日本でも知っている人は多いと思います。

キュートな女性ですが、私の好みではないですね(どうでもいいですが)。

スト−リーを簡単に紹介すると1組の共稼ぎの同棲カップル(ゲリーとブルック)が別れる話です。

破局は互いの両親や兄弟を招いての食事会から始まります。

ブルックがすべて準備するのですが、ゲリーは手伝いませんし、頼んだ買い物さえ忘れます。

その上、食事会が終わった後も、後片付けを手伝おうとせず、ずっとテレビゲームをしているんですね。

それで大喧嘩になります。

そして、互いに意地を張り合い、どんどん二人の心は離れて行きます。

エピソードで面白かったのは、最初のうちはやり直そうと思っていたブルックが○毛を脱毛し、別の男性とデートすることです。

勿論、効果はないんですが。

この他にもブルックはいろいろと歩み寄ろうとします。

しかし、ゲリーはそれに応えず、最後のチャンスだったコンサートもすっぽかします。

これで完全に破局です。

最後になぜ言ってくれなかったとゲリーは言いますが、これはあまりにも身勝手な言い分でしょう。

こんな男性は日本に沢山いますね。

大抵の場合、女性は文句を言いません。

しかし、男性がいつまでもそれに甘えていると、女性がいつかこのブルックのように頭にきて、修復不可能になる可能性があります。

男女の関係の破局は、ほとんどの場合、コミュニケーション不足が原因です。特に男性は相手が出しているサインに十分に注意してください。

長くなるので、続きは明日。

では。

オヤジの威厳

昨日の続きのような話です。

現代は父親の権威がなくなったと言われています。

昔の父親は恐かった、黙って座っているだけでも威厳があって云々・・・

だから子供の結婚相手なんかでも鶴の一声で決めたりしたんでしょうね。

こうした昔の父親の権威と言うのは、その時代の価値観によって支えられていました。

簡単に言えば、儒教的な教えです。

忠だの孝だの。

これは封建社会を維持するためには非常に都合の良い考え方なので、為政者によって庶民に押し付けられていたんですね。

しかし、儒教精神が廃れた民主社会では、威厳を持った父親像は絶滅危惧種になりました。

こうした昔の父親像を懐かしむ男性が今でもいるようですが、威厳を持つには黙って座っていても駄目なんですね。

本当に尊敬に値する人間であることを行動で示さなければいけません。

残念ながら、多くの場合、父親は会社員で、生活に追われていますし、家庭ではだらしないところを家族に見せています。

「予言者は故郷に容れられず」という諺もあるように、どんな偉い人でもその裏側を知っている人の前では普通の人にしか見られません。

それが単なる凡人であれば尚更です。

いくら偉そうなことを言っても、普段のだらしなさを見せているのに尊敬なんてとても無理でしょう。

本当に尊敬して欲しければ、家族に文句を言っても始まりません、自ら努力するしかないんです。

親子関係が友達みたいになっていることを嘆く年寄りがいますが、私にはそのほうがずっとましだと思えます。

オヤジの威厳のために家族が息をひそめながら生きなければいけなかったり、家のために子供の意志がないがしろにされるような時代なんてまっぴらです。

では。

昨日、一昨日の親子関係の話で思い出したんですが、ある有名俳優が父親に結婚を反対されてか勘当されたという話があります。

結局その父親が亡くなるまで仲たがいは解消されなかったそうです。

まあ、何も俳優でなくても、こういった話は結構聞きますね。

しかし、私にはなぜ親が子供の結婚に反対するのかわかりません。

反対するだけだったらいいとしても、親子の縁を切ったりするは理解不可能です。

家というものが重要で、人がそれに従属していた昔の話だったら、親の言うことを聞くと言うのはかろうじてわからなくはありません。

価値観がちがうんですから。

しかし、今は時代が違います。

要するに単に自分の意見が通らないから気に入らないという親のわがままでしかないでしょう。

もしくは親の権威が認められないのが腹が立つのかな。

こんな時の親たちの言い分は決まっています。

「お前のためを思って言うんだ」ですね。

しかし、百歩譲ってお前のためを思ってというところは認めるとしても、最後に決めるのは本人でしょう。

親は子供にアドバイスするのが当たり前かもしれませんが、アドバイスと命令は違います。

結婚みたいな人生の重大事だからと言うかも知れませんが、そんな重要な場面だからこそ本人が決めるべきなんです。

親の方が経験があり、判断力があると思っても、所詮、未来のことは誰にもわかりません。

たとえ結婚相手が本当に良くなかったとしてもそんなのは結果論ですからね。

本当に子供の幸せを願っているのならば、本人たちの好きな相手と結婚させればいいんです。

それで失敗だったら自分で責任を取る、それが人生なんですから。

では。

昨日の続きです。

女性にも当然ながら母親とすごく仲がいい人がいるでしょうが、なにか男性のケースとは違うような気がします。

なんと言うか、マザコンの場合は、性的な匂いがするんですね。

昔、読んだ本に、母親は息子の下着を選んで着させることによって、セックスを管理しようとすると書いてありました。

いつまでも息子を自分の膝の下に置いたり、さらにはその相手になる女性に対するアピールと言う面もあるんでしょうね。

マザコンを難しく云うと、エディプスコンプレックスと言うことになります。

母親を確保しようとの強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態の事です。

元々はギリシャ悲劇からきています。

それと知らずに父親を殺し、母親と結婚した王様の話です(最後は彼は自らの目を潰してさまようという悲惨な話ですが、なにかをほのめかしているような)。

これに対して、女性にはファザーコンプレックスがあります。

難しく云うと、エレクトラコンプレックスですね。 

女の子が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やす状態のことです。

これも父王を殺した母親に復讐するというギリシャ悲劇の物語から来ています。

しかしどうなんでしょう。私には女性のファザコンは男性のマザコンほど酷くはないように思えます。

とはいえ、程度の差はあれ、すべての男性、女性がこうした傾向を持っていることは間違いないでしょう。

しかし、それを乗り越えていくことが大人になるということではないでしょうか。

いずれにしても、本人はともかく、そんな人間と結婚した男性または女性はいい迷惑ですね。

参考までに書いておくと、親子関係のキーワードとして、阿闍世コンプレックスというのもあります。

これは母親と子の間における葛藤が人格形成上現れるというもので、日本人が唱えた説です。

詳しく説明するのは大変なので、興味がある方は自分で調べてください。

では。

マザコンの話

ネットを見ているとある既婚女性が悩みを打ち明けていました。

彼女のご主人がどうしようもないマザコンなんだそうです。

念のために言っておくとマザコンとはマザーコンピュータのことではありません(ベタなジョークで済みません)。

それで、このご主人は家の預金通帳を実家に預けているんですね。

それから、毎日、実家に寄る、実母の勧める米しか食べず、服(なんと下着まで)も母親が買ったものしか絶対に着ない。

その上、アイロンも母親にかけてもらい、奥さんにはかけさせない、といった具合です。

しかもこのご主人は自分はマザコンではないと言い張るんです。

彼がマザコンでなかったから、一体だれがマザコンなんでしょう。

和泉元○さんくらいしか思い当たりません。

大体、マザコンの人たちというのは自分では認めません。

やはり恥ずかしいと思っているんでしょうか。

母親を大事にして何が悪いんだ、誰にも迷惑を掛けていないという反論を聞いたこともあります。

しかし、実際に奥さんは嫌がっていますからね。

それに嫁姑の問題は大抵ご主人がマザコンで母親の味方をすることから起きます。

女性に聞くとほとんどがマザコン男性は嫌だと言います。

しかし、ご主人のマザコン振りに辟易したはずの女性も自分の息子にはものすごく甘くて、マザコンにしてしまうなんてこともよくあります。

勿論、男性に責任がないわけではありません。

日本では父親はほとんど家庭を顧みませんから、母親と息子の関係が密になり過ぎていることに気が付かないんですね(あるいは知らん振りしている)。

女性のかたは付き合っている時に相手がマザコンではないかよく確かめたほうがいいでしょう。

結婚してから後悔しても遅いですからね。

一番わかり易いのは下着は誰が買っているかを聞くことです。

いい年をして母親が買ったパンツを穿いている男性はヤバイかも。

では。