妻を娶らば

「妻を娶らば才長けて、見目麗しく、情けあり」

この言葉は有名ですからご存知の方も多いと思います。

しかし、これが与謝野鉄幹の「人を恋うるの歌」の冒頭の言葉であることは余り知られていないようです。

この後、「友をえらばば書を讀んで 六分の俠氣四分の熱」と続いて1番になっています。

そして、全部で16番まであります。

与謝野鉄幹自体も奥さんの晶子の方がずっと有名で彼女の夫であったこと以外はほとんど知られていません。

ただ、鉄幹は大変モテました。

女学校の教師時代に何人かの生徒に手を出しますし、晶子とも不倫の果てにその時の奥さんを離婚して結婚しています。

しかし、才能的には晶子には遠く及ばず、鉄幹が彼女をプロデュースしたのですが、自分自身はスランプに陥り、そのまま復活することはなかったようです。

晶子はその歌からもわかるように、鉄幹を心から愛していましたが(子供を12人も生んでいます。ただ、これは当時ではそれほど珍しいことではありません)、結局、鉄幹を潰してしまった。

才たけ過ぎたのかな。

もともと鉄幹はプロデューサーや指導者、つまり、黒子的的な役割の方に才能があったのでしょう。

しかし、それに甘んじるのは嫌だった。

今でもよくあることですが。

とここまで書いてきましたが、実は今日のテーマは鉄幹ではなく、最初の「妻を娶らば才長けて、見目麗しく、情けあり」なんです。

ちょっと筆が滑りすぎました。

続きは明日。

では。

続きです。

女の子は、両親の必死の説得にも関わらず、頑なに赤ん坊を産むと言い張ります。

相変わらず、彼が帰って来てくれるなんて言いながら。

そして、最初は反対していた母親が彼女の味方をする決心をします。

しかし、全力で彼女を支援するものの、しばらくして心筋梗塞で亡くなってしまうんですね。

その後の子育てのことは詳しく説明されていませんが、彼女は高校、大学に進学し、大手商社に就職。

ううむ、ちょっとできすぎかな。

中学生の女の子が母親の助けなしで子育てするのは普通なら不可能でしょう。

父親なんて大して役に立つとは思えませんし。

普通なら誰かに預けるんじゃないかな。

本当に1人で子供を育てながら、キャリウーマンになったとすれば奇跡に近いと思います。

一般論として、若い女の子が、絶対に産むとか、自分で育てると言うの簡単ですが、現実には不可能ではないでしょうか。

結局、周りの人に迷惑をかけることになる。

原作でもドラマでも人工中絶を否定はしていませんが、世間の風潮としてはその傾向があるような気がします。

簡単に結論を出すことはできませんが、やはり現実を踏まえて考えるべきでしょう。

では

さらに続きです。

もう一つエピソードをご紹介しましょう。

中学2年生の女の子が妊娠します。

相手は25歳の最年少で大学教授になったと自称している若者です。

当然、そんなことを信じているのは彼女だけで、周りはみんな騙されていると思っています。

そして予想通り、この男性は逃げてしまう。

しかし、こういう女性は実際にいますよね。

誰が見ても嘘なのに、絶対に疑おうとせず、周りが何を言ってもまったく聞く耳を持たない。

これは自分の失敗を認めたくないといったバイアスがかかっている上に、白馬の王子様幻想もあるからでしょう。

もちろん、男性側も悪い。

とんでもない嘘を平気でつく輩が結構います。

大学教授なんてのは珍しいかな。

一番多いのが有名人の知り合いでしょう。

ひどいのはマイケル・ジャクソンと友達だったなんて言ってるのもいました。

繰り返しますが、そんなのを信じる女性が結構多いんです。

もう少し続きます。

では。

続きです。

昨日書いたストーリーの改悪の例を一つ上げると、最新エピソードでは義理の父親(母親の再婚相手)による性的虐待がテーマになっていましたが(被害者は小学校5年生)、母親の対応が原作とドラマでは違います。

ドラマでは事実を知った母親は父親を警察に訴えますが、原作では警察に通報しないことを条件に父親は離婚に応じるとなっています。

私の考えでは、警察に通報しないほうが現実に即していると思います。

セカンドレイプ等の多くの問題から、警察に訴えても被害者が余計に傷つくだけで、ほとんど何にもならないんですね。

被害者は、学校で周りから変な目で見られるでしょう。

孤立したり、いじめられることも考えられます(残念ながらそうしたことが本当にあるのです)。

また、母親は近所づきあいもできなくなる可能性もあります。

ドラマでは、母親はそんなことをした夫を絶対に許せないと言います。

たしか、できればこの父親を罰することは必要でしょう。

しかし、それは母親の気持がすまないからでは意味がない。

被害者である女の子のことをまず考えないと。

そこまで徹底的に考え、悩んだ上での決意ならわかりますが、少なくともドラマではそうした葛藤を描かれていませんでした。

これはではとても納得できません。

もう一度繰り返しますが、安易な感動を呼び起こすための改悪が多いと思います。

もう少し続きます。

では。

今、公共放送でやっている「透明のゆりかご」という連続ドラマをご存じでしょうか。

町の小さな産婦人科医院を舞台に、ひとりの看護師を目指す高校生の女の子が妊娠と出産にまつわるさまざまな出来事を経験するという話です。

決して妊娠・出産を美化しないと言うか、むしろ暗く、厳しい面に焦点を当てているところが特徴でしょう。

原作はマンガで7巻まで出ています。

作者は沖田×華さん(「ばつか」と読みます)で、彼女の実際の体験に基づいているとのことです。

絵は決して上手いとは言えないと思いますが、それはいいとして、本当に心を打たれるようなエピソードが多いんですね。

人の無責任さ、残酷さ、そして、優しと強さが見事に描かれています。

ただ、1巻からずっと読んでいる私から見るとドラマには不満を覚えるところが結構あります。

日本のドラマでは本当によくあることですが、脚本家がストーリーを改悪しているのです(あくまでも私から見てですが)。

原作はかなり深刻な話を比較的さらっと、ドライな視点で語っているんですが、ドラマはなにかウェットなんですね。

無理やり感動的にしようとしていて、必要以上に重苦しくしています。

そのためにせっかくのテーマがぼやけてしまっていると感じることがよくあります。

続きます。

では。