続きです。
そう言えば、ちょっと前に取り上げた他人が握ったおにぎりを食べられるかの問題でも、あるタレントは食べられない方をスタンダードしましょうと言っていました。
自分が食べられないからです。
勝手な言い分ですが、大体、こんなものなんですね。
人は自分は多数派だと思いたがり、それに反する人間を排除、差別、弾圧しようとします。
不自然だとか、道徳、宗教などを理由に持ち出して。
しかし、一体何をもって自然と言うのでしょう。
生殖を目的としない性愛は不自然なのでしょうか。
たとえそうだとしても、それは人の文化を作り上げてきたものの一つではないでしょうか。
アニメ「銀魂」である登場人物がこんなことを言っていました。
「彼等は、男らしく生きるつもりも女らしく生きるつもりも毛頭ない。自分らしく生きようとする・・・」
まったくその通りだと思います。
もう一度繰り返しますが、性愛は最大のプライバシーであり、それが他人を傷つけるものでない限り、法律や道徳で束縛すべきものではありません。
現代社会では他人との違いを認め、受け入れることが課題になっています。
性愛についてもできる限り自由にすべきでしょう。
では。
同性婚(続き)
Posted by comment(0)|エリオンの考え
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