人は自由気ままな生き方に憧れます。
自分の思うがままに生きたいと願います。
しかし、本当にこうした生き方は最高なのでしょうか。
勝手気ままに生きるということは、実は子供のままでいることを意味します。
大人になるとは、一言で言えば、会社組織、家族、地域社会に属し、貢献することです。
自分の希望や夢を叶えることを最優先させるのではなく、それらのコミュニティに身をささげた生き方をするわけです。
そして、それができて初めて人は大人と呼ばれます。
大人になるためのさまざまなの通過儀礼も、自分の好き勝手に生きることをよしとしない考え方も、会社組織、家族、地域社会に属する上で必要なのです。
人は、ある時期までは両親が守ってくれて、自分の好きなことを好きなようにしていいという世界に生きています。
みんなが味方で、みんなが優しい。
しかし、社会に出ると、とたんにとても理不尽で、自分を否定される、敵だらけの世界に放り出されます。
実はこれは大人になるために重要なことなんです。
いわゆる「通過儀礼」ですね。
大昔にはこれが若衆宿(説明は割愛します)だったり、少し前には徴兵制でした。
今でも、大学の体育会系の部活によって、理不尽なイジメのような儀式が行われているところもあるようです。
先輩に絶対服従を強いられたり。
会社が体育会系の人間を組織は好んで採用するのは、彼らが大人だからです。
私は徴兵制度や運動部の「封建制」を肯定しているわけではありません。
なくすべきでしょう。
しかし、若者が大人になるための何らかの通過儀礼はやはり必要だと思っています。
では。
大人の階段
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