私が考えるプライドの例を上げてみます。
かなり前のことですが、橋田信介さんというカメラマンがイラクで殉職したことがあります。
その時、夫人は、訃報を前に毅然とした態度で「夫は覚悟していた。本望だったと思う」と語りました。
橋田氏の行動を批判することはたやすいでしょう。
しかし、氏には覚悟があったのではないでしょうか。
それに対して他人が言うべきことは何もありません。
そして、この覚悟はプライドが支えていたのだと思います。
もう一つ例を上げましょう。
浅田次郎氏のエッセイに書かれていたある医師の話です。
この医師は最初は1年間の予定で人口8000人の村に赴任します。
勿論医者は彼一人です。
この村は結核がはびこっており、半分以上が健康保険にも入っていないという劣悪な状況でした。
彼は村人を見捨てることができず、そのまま42年間にわたり住みつづけることになります。
札幌に戻れば安楽な生活が待っているのに、この村に残ることを決めた時、彼は妻と子供達に詫びるんですね。
自分のわがままだと。
普通の人間だったら博愛行為だから、我慢しろと言うでしょう。
しかし、彼は人に押し付けることなく、他人にとっては、自分の家族にとってさえも、単なるわがままでしかないと考えて、詫びたんです。
男のプライドにせよ、ロマンにせよ、それが自分のためであるときはうす汚れてしまいます。
それこそ単なる我儘や、見栄でしかないからです。
自己を犠牲にして行うことこそ、真のプライドやロマンではないでしょうか
えらそうなことを言ってすみません。
では。