昨日の続きです。

昨日、書いたように日本の女性はセックスを「させて上げるもの」と考える傾向があるようです。

だから努力したりとか、勉強したりする気がぜんぜんない。

それに勉強するとしてもその方法がわからないんですね。

女性向けのセックスの本はありますが、余り読まれていないようですし(買うのが恥ずかしいのでしょう)、それに本で読んでもよくわからないことが多い。

一般的に、男性は女性をリードする側ですから、自信があるふりをします。

また、大抵は自分はセックスが上手いと思っているようです。

根拠はないのですが。

なかなか他人と比べる機会はありませんからね。

それで男性も、昨日書いた男性のようにみんなAV、雑誌、本で学ぼうとします。

しかし、AVなんかは表現が過激で実際の行為とはかけ離れていることが多いようです(そうじゃないと売れない)。

それを鵜呑みにした男性が女性を傷つけることもある聞いたこともあります。

結局、実際の経験から学ぶしかないんですが、その機会もなかなかない。

女性は不潔だと思うかも知れませんが、その意味では風俗はその役割を一部担っているところがあります。

別に沢山の異性と経験を重ねることはありませんが、そういう関係になったら男性も女性もきちんと話し合って、お互いに研鑽すべきでしょう。

セックスの相性がよければ、カップルはなかなか別れませんから。

では。

何か意味ありげなタイトルですが、またまた人生相談を取り上げます。

今度はある女性の相談ですね。

彼女は大好きな彼と初めて夜を共にして、幸せ一杯だったのですが、翌朝、こう言われます。

「昨日のは及第点ぎりぎりだな。俺を満足させたいのなら、これを見てもう少し勉強しないと」

なんと彼はアダルトビデオを彼女に手渡したんです。

彼女はこれが大変不満だったようです。

なぜAVなんかで、そんなことを勉強しなければいけないのか、馬鹿にされている、と思ったんですね。

まあ、たしかにこの男性もどうかと思いますが、彼女の考え方にも賛成できません。

どうも日本の女性はセックスを真剣に考えないところがあります。

すべて男性任せで、女性はまったくの受け身でいいとか。

しかし、セックスは二人で協力して最高の快楽を得るためのものでしょう。

そして愛を確かめるものでもある。

日本の女性はセックスをロマンティックに考えすぎる傾向があります。

また、女性がセックスに詳しいなんてはしたないとも。

そのくせ、セックスを餌に男性を釣ったりする。

これではそのうちに男性は飽きてしまうかも知れません。

ただ、日本の男性にも責任にないわけでもなく、女性がセックスに積極的だとがっかりしたりするんですね。

しかし、これからはできれば女性もある程度セックスを学び、男性を喜ばせることを考えてもいいのじゃないでしょうか。

その方がきっと幸せに近づけます。

では。

では、成功するのはどのような人でしょう。

謙虚で、腰の低い、自分に欠けた部分を冷静に見極めて、研鑽を積む人でしょうか。

日本人は世界の中でも自分を過小評価の人が多いと言われています。

ですからそうあって欲しいと思うかも知れません。

しかし、必ずしもそうとは言えないようです。

たとえば、20代前半で起業したばかり、社員数名の状態で、「将来は会社の規模を売り上げ100億円、500億円にする」と大風呂敷を広げる人もいました(実話です)。

過剰に自己評価の高い人の代表のような話ですが、口だけではなく、猛烈な努力もしたのでしょう。そして、高い目標自体が自分を引っ張り上げてくれた。

それで、話以上の大成功を納めています。

正のスパラルが働いたということでしょう。

ありきたりのことを言うようですが、高い自己評価にはそれを裏付ける努力が必要だということです。

最後に付け加えると、自己像が本来の姿と違っても、ポジティブな自己像は、健全な精神や幸福感、そして社会的成功に関係するため生物学的な意義があります。

ですからあまり自分を過小評価することも良くないんですね。

では。

前にも書きましたが、人は誰でも自分を周囲の評価よりも若干高めに考え、ちょっとした優越感で自分を支えているところがあります。

これを「平均以上効果」といい、主観と客観の評価のギャップはおよそ20%だそうです。

もちろん、人がプライドや自信を持つことは悪いことではありません。

ただ、自己評価が高すぎるのは問題です。

実力がいまひとつなのに、いつも俺ってグレートな感じでは、周囲は不快に感じるでしょう。

では、なぜ自分を過大評価するのでしょう。

こうした人たちは、実力がいまひとつという現実を変えることはできませんから、本人は不満に感じます。

そしてこれが続けば気が滅入ってしまい、果ては自我崩壊に陥る可能性もあります。

それを防ぐために自分が秀でた点を無理やり探し出して、自画自賛しようとするわけです。

また、自分を正当化するため、周囲をこき下ろしたりもします。

言い換えると、頭の悪い人、能力のない人、嫌われる人ほど、自分を過剰評価するんです。

上にも書いたとおり、それは必要でもあるのですが、問題は、そうした過大評価のために、努力を怠ることがあるんですね。

そのために成長が止まってしまい、自己と周囲との評価の間のギャップが広がります。

そして、それを補おうとさらに自己礼賛に走る。

負のスパイラルですね。

もう少し続きます。

では。

昨日の続きです。

イネイブラーの女性は「彼の暴力に耐えて一緒にいることが私の愛の証明だから」などと言いながら彼と別れません。

しかし、これは愛ではなく、「彼の世話をすること」が彼女の人生の目標になっているんですね。

彼女は耐える女を演じながら男性を支配し、自分の方は空っぽ・・・。

そして、空っぽの自分を認めるのは嫌だから、よりいっそう男性に固執する。

これは自分にも男性のためにもなりません。

自分にそうした傾向があると感じた方は、一度立ち止まって考えてみてください。

あなた自身の行動が支配になっていないかをチェックするんです。

支配の行動が「愛」という言葉で表現され、ごまかされていませんか。

どんなに好きな人でも、その人とあなたとは赤の他人であることを認めましょう。

赤の他人である恋愛相手がどんな状況でどのような問題を抱えていても、それはあなた自身の問題ではありません。

自立しましょう。

あなたがあなた自身の人生を歩むことが、共依存にならない唯一の有効な手段です。

では。